讃岐ほどでは無いにしても、
土佐にもたくさんのうどん屋さんがある。
「行きたくても、なかなか行けない店」は多い。
切望する小麦から成りし麺線。
日々の農業との兼ね合いさえ付けば、
スグにでもアクセルを踏み込んで逢いに行きたかった。
コインパーキングに車を停めて、
高知市中心部の静かな裏通りを歩く。
穏やかに吹く風からは、
畑でいる時みたいに土や草の香りはしてこないけれど、
それでも、ゆったりと時が流れる週末のこの界隈の空気感は素敵だ。
「カツカツ」とアスファルトの上で靴を鳴らしながら、のんびりと歩いて到着。
『うどん・そば処 味里』
5~6年ぶりだった。
久々に対峙する、味里。
<看板・・・綺麗になってないか・・・?>
遠い記憶と、目の前にある現在を照らし合わせながら呟いた。
<濃紺に白・・・!
いいな・・・この配色っ・・・!>
年季の入った木の戸をソロリとスライドさせて、踏み入る店内。
彼方に霞んでいた記憶よりも一回り小さく映ったその中で、
中年男性ばかり数人が、「ズルズル」と軽快なリズムを刻んで麺をすすっている。
そして、これまた年季が入って、
良い具合にくたびれた深い茶色のカウンターの向こうには、
店の看板と同じ色の服を着たおばちゃんが3人ほど見えた。
カウンター席のみの『味里』
厨房を囲む正面のカウンターは満席に近かったから、
店の周囲の壁に沿って設けられたカウンター席に座る。
目を向けるは、壁に貼られたメニュー。
<以前来た時は、たしか味里名物のカレーうどんを食べたよな・・・
店の記憶はかなり薄くなっていたけれど、カレーうどんの感じはよく覚えている・・・
それだったらカレーの対極・・・あえてのシンプル路線で勝負するか・・・!>
チラリ。
背中側にある厨房に視線をやる。
一番近くにいるおばちゃんの位置、確認。
振り絞る、なけなしの声量!
「す・・・すいませぇ・・・ん・・・!」
だがっ・・・!
おばちゃん反応なしっ・・・!
他二人のおばちゃんも、
コチラを見向きもしてくれず、まったく聞こえていない様子。
<めげるな・・・もう一度・・・!
いけっ・・・腹の底から振り絞れ・・・!
出せば出るさ・・・!圧倒的声量っ・・・!>
自分に言い聞かせて、
再度、発す。
「す・・・す・・・すすすす・・・すいま・・せ・・ぇ・・・ん・・・!」
劣化した。
一発目のほうがまだマシだった・・・!
<くそっ・・・ダメか・・・!
万事休す・・・注文不能っ・・・!>
かなり困っていた私に奇跡が起きたのは、
数秒の間を置いた後だった。
下を向いて何かを作っていたおばちゃんが、
コチラに顔を向けたではないか。
「はぁーい!」
<えっ・・・!おばちゃん聞こえてたんやん!反応遅くないか・・・!
いや・・・それか・・・"なにか聞こえた気がする"と思って顔を上げたら、
俺と目が合ったから反応したのか・・・まぁそんなことはいい、とにかく注文・・・!>
この局面・・・重い手は要らない・・・!
軽い手でシンプルに・・・!
「ぶっ・・・ぶっかけ・・・!」
記憶からすっかり消えていた味里のメニューは、
かけ出汁の入ったうどんが殆どだった。
別にかけ出汁が入ったうどんにしても良かったし、
「鍋焼きうどん」なんてメニューは、
味里の雰囲気に良い具合に合いそうだと思った。
けれど、一糸まとわぬ味里の麺線を、
是非この機会に見ておきたい、とも思ったのだ。
テレビから流れるタレントの喋り声、
いなり寿司が乗った皿を、ガラスケースに補充する店のおばちゃん。
暫くして、現れたソレは美しい。
『ぶっかけ』
モクモクと立ち昇る湯気。
<温デフォか・・・!>
注文時に「温と冷どちらにするか」を聞かれなかったから、
聞かないパターンの多くの店がそうであるように、
冷たいぶっかけが出てくるものだと想定していたが、否。
<夏でも温で来るのかな・・・!
それとも、夏は冷、冬は温、みたいに切り替える方式で、
今は、まだ少し肌寒い時期だから温でやっているのかな・・・!>
思い巡らせながらの麺鑑賞。
<広い・・・幅広・・・!
以前の記憶と同じ!キミは相変わらず平べったいね・・・!>
そんじょそこらには無い、
独特の麺線を目でなぞる。
<綺麗だよ・・・。
前から綺麗だったけれど、今はもっと綺麗だよ!>
そんな風に声をかけてあげると、
白い麺が、わずかに微笑んだ。
味里うどんの耳元でささやく。
<逢いたかった・・・!
俺はキミにずっと逢いたいと思っていたんだ・・・>
口に運ぶ。麺が触れる。
そしてそのまま噛み込んでゆく・・・!
<ふぁっ・・・!>
"ムチッと浅い部分で反応して、
以後はシコシコとモチモチの中間を通すような、
とにかく他に無い独特の麺食感・・・!"
一瞬漏れた吐息は、小麦に溶けた。
<フフッ・・・俺はキミの名を思い付いたよ・・・!
そうさ・・・キミは味里・・・味里アルデンテさっ・・・!>
独創的。
突き抜けている。
そんな麺とは対照的に、
ぶっかけ出汁は、出汁が前面に出た優しい味わいで、香り高い。
『寄せうどん』
少なくとも高知のうどん店ではあまり聞かないメニュー名。
正体わからぬまま注文したソレは、『五目うどん』みたいに、
"かけ"の上に色々な具が盛られた一杯だった。
作業着姿のおじさんが、
カウンター越しに舌代を払っている。
程無くして私も立ち上がる。
「お・・・お勘定を・・・!」
「はーい!」と言いながら
ニッコリ微笑む、店のおばちゃん。
腹の中で弾んでいる。
味里アルデンテが弾んでいる。
◆ うどん・そば処 味里
(高知県高知市本町1丁目6−16)
営業時間/11時~18時(土曜日は15時まで)
定休日/日曜・祝日
営業形態/一般店
駐車場/店の隣に1台、1000円以上の食事で[中の橋駐車場]30分無料券進呈と、張り紙に有り。
(ぶっかけ350円、寄せうどん570円など)
『味里』の場所はココっ・・・!