「くいしんぼ如月」チキンナンバンカレー

2016.01.22

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「くいしんぼ如月」チキンナンバンカレー

2016.01.22

高知が誇る弁当チェーン『くいしんぼ如月』に、ある日ふらふら迷い込むと、窓辺に紙が貼られていた。『新メニュー!チキンナンバンカレー』と書かれていた。

<なんだこりゃ…!>わりと衝撃的だった。取り乱した瞬間をレジのお姉さんに見られると恥ずかしいので、懸命に平静を装った。<ほうほう。如月名物のチキンナンバンとカレーを合体させたということかね>

しかし……。
<何でもチキンナンバンというのは、いささか安直だなあ。俺はこんな商法には引っかからないぞ!そもそもカレーにチキンナンバンって、ありかよ、そんな組み合わせ…>

このとき私は『チキンナンバンチョイスの生姜焼き』を注文しようとしていた。私は如月に来ると、大体チョイショーを頼むのだ。

<ナンバンカレーなんて、そんな変なものは頼みませんよ>

レジではお姉さんが待ちかまえている。
「早く注文しろよ!チャラ男!あたしゃ忙しいんだよ!」なんてオーラを感じる。

<言われなくても注文しますよ。俺はここに遊びで来ているわけじゃない…!チョイショーを買いに来てんだ…!!>

普段は「チョイスの生姜焼き!」と発声して注文する。だがこのとき丁寧に正式名称で、フルネームで言ってやろうと思った。

そのときだった。
「チキンナンバンちょ……」

あれ?
「チキンナンバンちょ………!」

言葉が上手く出て来ないぞ……!

「チキンナンバン……」三度そこまで言ったとき、カレーの王様が現れた!

「私が代わりに注文してやろう!」
「ええっ?」
「店員さん、チキンナンバンカレーを一つ!」
「えええっ……!」

私の戸惑いをよそに、注文は通された。
「チキンナンバンカレー、一つですね!少々お待ちください」

渋々、出来上がったチキンナンバンカレーを手に提げて家に帰る。

チキンナンバンカレー9

晩酌もそこそこに、冷めない内に食べることにした。
<白米の上にナンバンが載っているという違和感……>

チキンナンバンカレー11

白米の隣にはカレーのルーが並々と注がれ、両者の脇には隠れ如月名物の福神漬けが添えられている。

チキンナンバンカレー12

<こんなものが……>プラスチック製のスプーンの上に、ごはんとチキンナンバンを載せて、ルーに浸ける器用な技を展開しつつ食べる。<こんなものが旨いわけが……>

って……!
案外う………!

そのとき一羽の鳥が羽ばたいてきた。
「生き物をいただいておいて不味いなんて言わないわよね、あなた!そんなことを言ってみなさい!非人道的だということで鳥たちが襲いかかってくるわよ!」

「いやいやいや、意外と、おいし……ったよ」だが私の声は、鳥のやかましい羽音にかき消されてしまった。

「あなた!まさか不味いなんて言うつもりだったんじゃないの!?」
「だ…だから、意外と、おいし……」

そのとき「バサバサバサ…!」鳥の羽音が、うるさくてどうにもならない。

「あなた、もしかして焼鳥屋でも、肉が固いだの身がパサパサだの、文句を垂れまくるタイプ!?」
「そんなことはないよ」

「だったらいいけど、生き物をいただいている、という心を忘れてしまったら、人として終わりよ。そのことを肝に銘じておくといいわ。でないと、ある日近所を歩いていると無数の鳥に襲撃されて一巻の終わりになるわよ!」

「は……はい………」
「如月のナンバンだって、たまにどういうわけか身がパサパサでムネ感全開のときがあるけど、ありがたいと思って食べなきゃダメよ」
「うん、わかった!」

チキンナンバンカレー10

「それじゃあ、アタシはニワトリ共和国に帰るわね」
「はい、またね」

飛び立とうとする鳥。
私はその足首を捕まえた。

「何をするの!?」慌てる鳥。
「忘れたのかい。俺は部類のチキンナンバン好き」
「だから何をするって言うのよ!」
「決まってるじゃないか。お前を食べるんだよ」

「ギャーーーース!」鳥は悲鳴を上げた。
「ありがたいっ………!!」私は鳥に感謝しながら、鳥を油の中に放り込んだ。

後日――――。

その日は、家に昨夜の残りのカレーがあった。そして偶然にも『スーパーチョイスの生姜焼きのオカズだけ』を買って来ていた(スーパーチョイスとは、チョイスのチキンナンバンが二枚になった特別な弁当のことである)。

チキンナンバンを食べながら思った。
<これって、昨夜のカレーにナンバンを浸けて食べたら、ナンバンカレーってことになるんじゃね?>

やってみた。
<すげぇっ…!!まんまナンバンカレーじゃん…!>

なんということだろう。たしかに口の中でチキンナンバンカレーが再現されたのだ。家にカレーとライスがあるときは、ナンバンのオカズだけ買って来れば、家でナンバンカレーが出来てしまうのだ。

感動のあまり涙を流していると、一羽の鳥が飛んで来た。

「このあいだは、よくもアタシを食べてくれたわね」
「お…お前は……!俺に食べられて死んだはずでは……!」

「甘いわね。アタシは不死鳥。何度でも蘇るわ」
「そそそ……そんなあ………!」

私は怯む様子をわざと見せて油断させつつ、鳥の足を掴んだ。
「な…何をするの……!?」このあいだと同じように慌てる鳥。

「不死鳥なら、何度でもチキンナンバンになれるだろう……!!」
また油の中に放り込んでやろうとしていると、鳥が抵抗して来た。

「残念ながら同じ轍は踏まないわ!」
鳥は暴れ回った。おかげで辺り一面に羽が飛び散った。

<前が見えない………!>
私は鳥の足を掴んだ状態で、床に倒れ込んだ。

先程までの騒々しさが嘘のように、時が止まったかのようだ。倒れ込んだまま、私と鳥は見つめ合った。

「なんか……ごめん……。キミを揚げようとしたりして……」私がそう言うと、鳥はかぶりを振った。
「ううん、アタシのほうこそ、素直に揚がってあげられなくて、ごめん……」

「美味しそうな、せせりだね……」
「え………?なんて………?」

怪訝な表情を浮かべる鳥の白い首筋に、私は食欲を湧かせていた。