蚊取り線香と、蝉の鳴き声に「風流」やなぁと思う「和心」を持ちたい | 生姜農家の野望Online

蚊取り線香と、蝉の鳴き声に「風流」やなぁと思う「和心」を持ちたい

天井から床まで届く広い窓を開け放し、オバ=アが焚いた「蚊取り線香」が、ゆらゆらと煙を上げている。

「ジージージージー」蝉(せみ)の鳴き声が聞こえる。

そんな状況の中で、私はなんとなく「風流やなぁ」と思いました。

「風流」を英語に訳すと、辞書では「elegance」あるいは「elegant」と出てくるようです。

私は英語が得意ではありませんが「エレガンス」や「エレガント」は、「風流」が持っている本来の意味とは合致しない気がします。

もしかすると「風流やなぁ」と思うのは、日本人独特の感覚なのではないでしょうか。

蚊取り線香を焚くのは、蚊が飛ぶ「夏」だけで、蝉の鳴き声が聞こえるのも「夏」だけです。

線香の匂いや、白い煙の揺らぎに「趣(おもむき)」を感じている、そこに「蝉の鳴き声」という音が重なることで、いかにも「日本の夏」といった光景が生み出される。

その光景をなんとなく「風流やなぁ」と思えるのは、幸せなことだと思うのです。

おそらく心に「ゆとり」のようなものや、落ち着いた「感性」がないと「風流」は感じられません。

私も、知らず知らずのうちに、心に「ゆとり」や、落ち着いた「感性」がなくなっているときがあります。

ふとした瞬間に「風流」を感じたとき、ハッと気が付きます。

「ああ俺、少し前まで感性が鈍ってたな」「いまは心にゆとりがあるな」と。

「風流」は、心の指標となるのです。
心に余裕がないとき、「風流」を感じることはなかなかできません。

和の心……「こころがなごむ」と書いて、「和心」。

いつも「風流」を感じられる、和の心を持った”粋”な人でありたい、と思います。

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