わたしお米を食べないの、と自信満々に言う日本人。 | 生姜農家の野望Online

わたしお米を食べないの、と自信満々に言う日本人。

先日、稲刈りしたものが……

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もうお米になって帰ってきたよ!

天候が安定していた今年の稲作は“豊作型の年”となった模様で、ウチの近所では「米がなかなか、よけ(たくさん)あった」と話す稲作農家が多い印象です。

「炭水化物である米を食べたら太る」などと言われ、「わたし夜はお米食べないの」なんて自信満々に語る人も多い昨今ですが、和食の基本であるごはん(お米)を食べない、というのは、なんだかさみしい話です。

食べる前には「いただきます」と手を合わせ、日本人が昔から大切にいただいてきた和食は、ユネスコ無形文化遺産にも登録された、れっきとした「日本の文化」なのに、日本人が和食を食べない。

おかずは食べても、お米は食べない。

米を栽培している私も、お米を食べないことはあります。きょうのお昼はラーメンだけにしておこうか、うどんだけにしておこうか、そんなことは間々あります。

しかし「毎晩お米を食べない」あるいは「ほとんど」、もしくは「一切お米を食べない」これはどうなんだろう、と首をかしげてしまいます。

文化は時代と共に変化するものですが、“お米を食べないという選択”。これはあまりにも極端な選択じゃないかなぁと思うのです。

そんな選択をする人ばかりになると、日本の和食文化はもう滅茶苦茶になってしまいます。

和食は、時代と共になくなっても仕方のない文化なのでしょうか。

白いごはんがあって、味噌汁がある。それを基本として、おかずを食べる。

そんな当たり前の“日本のごはん”を、たまにではなく、毎食崩していく。

朝ごはんは食べない。昼ごはんはその辺で適当に済ます。夜はお米食べない。

そのほうが、むしろ当たり前である日本人が増えている。

お米の消費量の減少に比例して、日本人の「日本人らしさ」も減少の一途をたどっています。

外国の食文化が入ってきて、これほど食が多様化すると、食の誘惑が多く「あれも食べてみたいし、これも食べてみたい」。

1日3食すべて和食というわけにはいきませんし、私だってカップラーメンを食べる日もあれば、うどんを食べに行く日だってよくあるわけで、毎日3食完璧にお米を食べているわけではありません。

しかし「わたし夜はお米食べない人なの」などと自信満々に吹聴するのは、日本人としてなにか「違うだろうぉぉぉぉ!」と某議員さんのように感じるわけです。

お米を食べ、味噌汁を飲む。

「ごはんができたよ。ちゃんと椅子に座って食べてね」
「味噌汁がちょっと濃いかもしれん」
「熱いかもしれんき、ふうふうして食べてね」

当たり前の日本の食卓、家庭料理の風景を、我々の時代で当たり前でなくしてしまってはいけないと思うのです。

関連記事:朝ごはんのおかずは毎日同じでいい。簡単に作れる献立でいい。

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