生姜畑の溝に座り込んで雑草を取っていると、遠くの方から誰かの声がした。
オビ=ワンはゆっくりと体勢を起こした。70歳を回った頃から腰が痛い。昔は体が丈夫なことが取り柄だったのにと思うと歯がゆい。
立ち上がって声のする方を向くと、オバ=アが畑の縁に立っていた。結婚して半世紀になる女房だ。
「おじ……さ……!……きから……呼び……に聞こえんかね!」
オバ=アがいつものように強い口調で、自分に何かを言っているようだが聞こえない。70歳を回った頃から耳も遠くなった。
側で同じように草を取っていた孫に声をかける。
「竜一、オバアは何言いゆう。ひとつも聞こえんが」
生姜の葉のあいだから、麦わら帽子をかぶった、孫の竜一が顔を出す。
「知らんけど、なんか呼びゆう」
"おじいさん!さっきから何回も呼びゆうに聞こえんかね!"そう呼んでいるのだがオビ=ワンには聞こえない。
畑の縁で、オバ=アが地団駄を踏んでいる。
「おじ…さ…!……きから……呼び……に聞こ……かね!」
やはり聞こえない。
「…じい……!さっき……ゆうに聞こ……えん……!」
何度呼んでも返事しないオビ=ワンに、オバ=アは業を煮やした。
「バーカ言うても聞こえんろうか?」
今度は聞こえた。なぜかはわからないけれどハッキリと聞こえた。聞こえたけれど返事をする気になれない。
「聞こえん?ほいたら言うちゃろか」オバ=アはケタケタと笑った。
「おじいさんのバーカ!」
「何を言いよらぁ!」オビ=ワンは苦虫を噛み潰した。
「バーカ!バーカ!」オバ=アはこちらを指さして爆笑している。「悪口に限って聞こえるものよ。アヒャヒャヒャ」
閉口するオビ=ワンに、オバ=アは微笑んだ。
「晩ごはんにおナス食べるかね?食べるやったら菜園で採って行っちゃるが?」
「おう……」
どうしてナスの話などしているのだろうと考えていると、オバ=アが言った。
「おじいさん、きのう"おナスを煮いたのが食べたい"言いよったろうがね」
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【生姜の神様】エピソード2/ナスの煮浸し
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