壁に面したカウンター席で、年配の夫婦がうどんを食べている。
そこからいくつか離れた席に、男は盆を置いて腰を下ろした。
男は盆に載っているプラスチック製のおろし器で大根をすって、それを白い麺の上に載せた。
さらに上から醤油をかける。
醤油はどの程度かければ自分の好みになるか、男は知っている。
もう何度来たのかわからないほど、この店に定期的に来ているからだ。
相変わらず・・・変わった麺だな・・・と男は食べながら思った。
途中から柚子酢をかけて、味を変化させる。
さわやかな香りと酸味が口いっぱいに広がる。
「ありがたいっ・・・!」
男は、あえて麺を温めてもらった醤油うどんを黙々と食べた。
<相変わらず変わった麺だな・・・>
と私は思った。
かけ出汁を飲みたい気分だったけれど、それにしても暑い。
温かいかけ出汁なんか飲んだら、それこそ汗が道後温泉と同等程度に噴き出しそうだったので、『冷やかけ』にした。
波打つような麺線は、噛むごとに独特の反応を魅せる。
冷たい出汁をたっぷり含ませたちく天を食べていると、親子が入ってきた。
若いお母さんと、小さな娘さんだ。
私は2人に背を向けて、壁に面したカウンター席で「冷やかけ」を黙々と食べる。
食べていると、セルフレーンのほうから2人がうどんを注文する声が自然と耳に入ってくる。
いけないことだとわかりながらも、自然に2人のうどん代を計算してしまう。
この店、吉川の、どのうどんを、どの量で注文すると、いくらになるか、大体把握できている。
私はこの店に定期的に来ているからだ。
だが店のお兄さんが言った金額は予想外のものだった。
「なぬぃっ・・・!」と私は思わず声を漏らした。「圧倒的!豪遊・・・!」
トッピングをたくさん取ったようで、2人のうどん代は、私が予想した金額の2倍ほどに達していた。
私は食べ終えて、返却口へ食器を返しに行く。
そして店から退出する。
私は微笑を浮かべながら、男の背中でもって小さな女の子に語りかけた。
<いっぱい食べて大きくなってね・・・!>
<いっぱい食べて大きくならなきゃ・・・>
醤油うどんを半分ほど食べたところで、脇に待機させていた芋天をかじる。
この店のセルフレーンに芋天が並んでいるのを、男は初めて見た。
いつも来る時間が遅いから、毎回売り切れていただけかな・・・と男は思った。
芋天だけじゃない。
「焼き飯」も小皿に盛って200円で販売されていた。
うどん屋で「焼き飯」は珍しい。
男は「焼き飯」も食べたかったが、200円が惜しくて「焼き飯」を取らなかった。
やはり食べるべきだったか、と男は若干後悔した。
頭の中で「焼き飯」の味を想像すると、伝えぬままに終わった月9ドラマの恋のように、もどがしい気持ちになった。
だが男には芋天がある。
芋天は、ホクホクした食感で「焼き飯」を食べそびれた男の心を癒す。
男は力を篭めて、世界最小クラスの小さな声で呟いた。
「芋天があれば・・・いいもん・・・い芋ん・・・」
・・・。
窓を閉めて冷房を効かせている吉川の店内に、なにか冷房の風とは別の冷たい風が吹くのを男は感じていた。
◆ 手打うどん 吉川
(高知県香南市野市町西野1523)
営業時間/11時~14時
定休日/月曜日、木曜日(月曜あるいは木曜が祝祭日の場合はその翌日が休み)
営業形態/セルフ
駐車場/10台
(冷かけ250円、肉ぶっかけ460円、ピリ辛鳥ぶっかけうどん460円、醤油うどん280円、
武蔵野風肉汁うどん500円、[大は100円増、特大は200円増]ちく天100円など)
『手打うどん吉川』の場所はココっ・・・!