店先に停めた車の中から、店内の様子を伺う。
横長の窓際に面してカウンター席があるらしく、ガラス越しに複数の顔がコチラを向いている。
<どうしよう・・・>
思案しているあいだにも、作業着姿の・・・いかにも仕事の合間に昼食を取りにきた、という格好の人たちが、続々と扉を開けて店内へ消えていく。
<結構お客さん入ってる雰囲気・・・>
一度も入ったことのない店。中の様子がわからないので何だか不安だ。
<でもこうなったら・・・入るしかないよな・・・>
ペットボトルのお茶を一口飲む。
高級な軽自動車から降りる。外に出る。
「あー、あー」
私は小声で発声練習をする。
ライブ直前の歌手みたいな心境だ。<本番でもちゃんと声が出ますように・・・!>
水色の空が広がっている。
風は吹いていない。
扉を開けるには最高のコンディションと言える。
私はドアノブに手を掛けて、そのまま静かに手を引いた。
気圧の差で、外の空気が店内へ吸い込まれていく。
もちろん私も一緒に吸い込まれていく。
<いったいどうやって注文すればいいんだ・・・?>
5歩か6歩ほど店内へ入ったところで、私は坂本龍馬像みたいに固まった。店のシステムがわからない。
<くっ・・・いきなり困り果てちまった・・・>
『山田食堂』は高知市の御座にも店舗があるらしいが、そちらは食券制だとネットの情報で知っていた。
けれども香美市土佐山田町にある「本店」の情報は少なく、店のシステムを把握することができないままでいた。
<食券販売機みたいなものは見当たらない・・・>
御座の店舗と同じ食券制かとも思ったけれど、違うみたいだ。
<やっぱり・・・"アレ"・・・かな・・・んん・・・でもどうなんだろう・・・>
オーギュスト・ロダンの「考える人」よりも遥かに熟考していると、オバチャンがカウンターの中から声をかけてくれる。
「どうぞぉー」
<どうぞ・・・?注文をどうぞ、という意味に違いない・・・!
だとすれば、やはりこの店は・・・この店のシステムは・・・"アレ"・・・!そう・・・つまり・・・!>
セルフうどん方式・・・!
「お・・・お弁当ってまだあります・・・?」
と私はオバチャンに訊く。するとオバチャンは微笑む。
「ありますよー!」
『山田食堂』には、日替わりのお弁当があって、たしかそれは毎日数量限定だとネットに書かれていたような気がしたから訊いたのだった。
「じゃ!それで・・・!」
オバチャンから番号札を受け取る。
出来たら呼んでくれるらしい。
明るく広々とした店内。
年齢層は高めで、近所の農家のオジサンやオバサンといった風貌の人が多い。
<ほとんど満席・・・まだ11時半ぐらいなのに・・・>
初めての店で勝手がわからない。
私は空いていた席に腰を下ろし、借りてきた猫みたいに「ニャーニャー」言いながら待った。
それからしばらく、招き猫のポーズの練習などもしていると、オバチャンの声が聞こえてくる。
オバチャンがカウンターの中から叫ぶ番号は、私が持っている番号札の番号と完全に一致した。
この日の『日替わり弁当』
メインのオカズは、「チキン南蛮」
<あらっ・・・!お箸がない・・・!>
自分が箸を取り忘れたのに気が付いて、もう一度カウンターへ取りに行く。若干恥ずかしい。
「ごめん、待ったかい・・・?」
箸を取りに行っているあいだ、日替わり弁当をテーブルの上で待たせていたので、日替わり弁当の機嫌が悪くなっているのではないかと不安だった。
「んーんー」
日替わり弁当は、かぶりを振った。「いま来たとこー」
私は「微笑みの貴公子」としか思えない次元の微笑を作り、日替わり弁当を見つめた。
白ごはんに5種類ほどのオカズ、さらに味噌汁が付いている。これで500円。
<ありがたいっ・・・!
いやぁ・・・ありがたいっ・・・!>
私は取ってきた箸を構える。
<いろいろ入ってるなぁ・・・どこから攻めよう・・・。
迷ったら・・・どうするんだっけ・・・どうするんだっけ・・・>
箸を手にテーブルへ戻る。若干恥ずかしい。
<また箸を取り忘れるなんて・・・!>
それでも『カツ丼』は、味噌汁と一緒に仲良く待ってくれていた。
<これでやっぱり500円なんだよな・・・>
感謝感激!感服感動の圧倒的コストパフォーマンス。
<ありがたいっ・・・!ありがたいっ・・・!>
<どこから攻めよう・・・>
私は取ってきた箸を構える。
迷ったら・・・カツだろ・・・それも手前のカツだろ・・・!
手前のカツから食べてこそ・・・気持ちのいい人生ってもんだろう・・・!
<うひーーー!美味しそう・・・!>
カツ丼は湯気と共に誘惑の香りを漂わせている。<カツ丼よ、俺を幸せにしてくれ・・・!>
◆ 山田食堂 本店
(高知県香美市土佐山田町百石町2丁目6−16・スーパー「バリューかがみの」敷地内)
営業時間/8:00~20:00
定休日/無
駐車場/有