万々(まま)の商店街に
強烈な太陽光が降りそそいでいた。
天気予報の予想最高気温は36℃。
アスファルトからも照り返しの熱気が昇ってくる中、
『うどん処 ゆたか』は薄い緑と白が配色された涼しげな暖簾を揺らしていた。
(高知県高知市中万々72-14、11:00~15:00売り切れ次第終了、定休日月曜[祝日の場合は翌日休]、駐車場・店舗横に有)
高知屈指の人気店だが
店内は比較的空いている。
昼どきを外した甲斐があった。
出入口から中に向かって伸びる褐色のカウンター席。
その一番奥の空席に腰を下ろして、メニューを見る。
<前に食べた「牛つけめん」も美味しかったけど、
今日は釜玉だなっ…………!>
月が満ちて満月になるように、
年に数回、私の中に「卵の時季」がやってくる。
暑くても、熱い釜玉が食べたい。
とにかく卵が食べたい。
そう思う時季が。
卵は私を、私は卵を欲し、
王子は玉子になっていく……。
「釜玉で!」
「量は並でいいですか?」
「はい……」
昨年まで、うどん店で「並」なんて注文したことがなかった。
うどんは大盛か特盛が当たり前だと思っていた。
<並程度の量で俺の宇宙は満たせない……!
しかし…もうダメッ…!これ以上は肥えるわけには…!>
お腹が「張るか、張らないか」ではない。
お腹が「出るか、出ないか」
局面はそういう極限の次元を迎えている。
<腹八分でも出ちゃう………!
だから腹七分で我慢しなきゃなんねぇんだよ!>
二十代の頃は、いくらでも食べられた。
いまでもいくらでも食べられる。
食欲は衰えるどころか、増している。
しかし決定的に代謝が落ちた。
動いても、働いても、落ちない。
肉が落ちない。
<もっと燃費悪くなりてぇ………!>
心からの叫びだった。
ちょうど茹であがりのタイミングだったようで、
『釜玉』はすぐに来た。
『かけ』には生姜が付いているのに、
『釜玉』になると生姜が付いてこない店がよくあるが、
ゆたかは釜玉にも生姜が載っている。
生姜農家として以前に、
一人のうどん好きとして、
…いや正直、生姜農家だから言うが、
やっぱり生姜は重要だ。
ネギは小ネギ。
ゴマも載っている。
卵は麺の下に入っている。
この場合、急がなくていい。
時々、早くかき混ぜないと卵が固まらないからと、
箸も器もテーブルから落としそうになる勢いで
慌てふためいている人を見かけるけれど、
卵が麺の下に入っている場合、
混ぜずにこの状態で置いておくほうが卵が固まる。
おそらく店側もそれを知っていて、
わざわざ卵を下に入れているのだ。
(もっとも私は生でもまったく平気。
そもそも卵を固めたいとすら思わないがね!くっ!くっ!くっ!)
最新型の洗濯機みたいにグルグル混ぜて食べる。
モチモチの釜揚げ麺。
小麦と生姜の香りが入り混じって鼻に抜ける。
<風流ですなぁ………>
私はよくわからない感想を述べた。
夏季限定の『ひやし』
透明の器が素敵。
風流だ。
冷やすと引きしまって、さらに弾力強め。
麺が口の中で、しなる!しなる!攻撃力!
ゆたかの大将のお嫁さんになったら、
この麺を1日3食、食べられるのだろうか。
最高やな、それ!なんて妄想してしまう。
<今日もしっかり腹七分……!>
食べ終えてお腹をさする。
遅めの朝食を食べてから
そんなに時間が経っていない。
明らかにまだ朝食が消化され切っていない。
結果、計算に狂いが生じた。
元々私のお腹は、ゼロの状態になっていなかった。
20~30%は埋まっていたのだ。
計算違い…………!
致命的………誤算っ………!!!
やってしまった。
明らかに腹九分五厘くらいまで入ってしまっている。
体重計が怖い……。
でも、いまさら遅い。
卵は私を、私は卵を欲し、
王子は玉子への道をまた一歩進んでしまったのだ。