高級な軽自動車を駆り、高速道路を疾走する。
「窪川に麺を食べに来る日が、まさか来るとはな…」
高知県中西部に位置する、四万十町窪川。
とくにこれといったうどん店がなく、
"うどん不毛の地"と勝手に呼んでいるこの地にやってきた農業界のうどん野郎。
狙うは、うどん。
否。
白い麺は白い麺でも、うどんではないほう。
きしめんっ…!!!
まさにこの日、始まろうとしていた。
未曾有の、窪川きしめんチャレンジが……!
「窪川に、きしめん屋があるのか」
助手席に座るブランに訊いた。
「きしめん専門の店じゃなくて、きしめんを出す居酒屋…かな」
夕刻。6時。(このとき2014年7月)
日が暮れ始めた、窪川に到着。
『居酒屋 初音』
車から降りて店先。
「ここか……」
私がそう言うとブランは小さく頷いた。
車内では誰が見ても犬だったが、彼はすでに人間の姿になっている。
「初音といえば、ネット民は、
どうしてもミクをイメージしてしまうんだが…」
ちなみに私はミクになったことがある。
それがこれ。
若気のいたり。
いや、馬鹿げのいたりと言ったほうが正しいだろう。
これをやったのが、29歳。
現在、32歳。
いまならもっと可愛くなれる気がする、32歳。
入店。
まずはビール。
「俺はたしかにきしめんを食べに来た…。
今日のメインは紛れもなく、きしめん……。
だが、居酒屋に来て飲まないなどという拷問…。
それは受け入れられない……」
飲もう……!
この夜が明けるまでっ…!!
帰りはブランが運転するので大丈ブイ。
店主さんだろうか。
店内には、お婆ちゃんが一人。
カウンターの上に置かれた大皿料理を適当に注文した。
酢物。枝豆。
茹でたイカは、醤油で食べるかヌタで食べるか、
どちらがいいかと訊かれたので、ヌタを選択。
きしめんの前に、
口を湿らすこと、2時間。
ウィンナーが……!
「田舎のお婆ちゃん作ってもらった、
みたいな味で美味しいな……」
私が言うとブランは真剣な顔をした。
「まぁこれ実際に……
田舎のお婆ちゃんに作ってもらっているわけだけど…!」
宴もたけなわ。
「これ以上の飲み食いは危険だ…
きしめんが食べれなくなる恐れがある…」
酔いながらも忘れない。
本来の使命。
「そろそろいこうか………」
またしても謝罪するようにして注文。
「す……すいません……!きしめんをっ……!」
すると、そのときおばちゃん。
冷たい"ざる"で食べるか、温かいつゆに浸して食べるか選べると言う。
「温と冷か………」
迷うまでもなかった。
「じゃあ、両方!」
まずは、温。
門外不出の窪川きしめん、現る。
褐色のつゆに浮かぶ多量のカツオ節。
そしてこの麺の太さ。
うどんが2車線なら…!
これはもはや4車線っ…!!
つまり………!
走り放題っ…!!!
幅広の麺に、
ネギが乗り、節が乗り、
そして出汁が乗ってゆく。
美味い……!
かなり美味い……!
麺から、出汁から、
具の一つ一つから、
優しい味が染み出てくる。
散々温まっておいて、からの……。
ざる………!
ほとばしる冷涼感…!!
圧倒的……!
貫禄っ………!!
麺つゆの中で、生姜がピリリ。
窪川も有名な生姜処。
これが窪川の生姜なのか、どうなのかはわからない。
わからないが、しかし………。
そのきしめんは、
店のお婆ちゃんの優しさが溶け出したような味と、
やわらかな香りを放っていた。