さすがに学習した。
『手打ちうどん まるしん』は、もはや高知最強クラスの人気店だ。
ここ一カ月のあいだに、二度きた。
一度目は午後2時過ぎ。二度目は1時過ぎ。いずれも平日。
一応昼時を外したつもりだったが、両日とも店先に長蛇の列ができていた。
行列に並んで待つのは苦手だ。並べないから食べられない。
通常のやり方では、いまの『まるしん』には入店することすら不可能。
そこで今回は作戦を変えた。
<まるしんの開店時刻は午前11時…。開店と同時に駆け込んでやる!>
しかし少し遅れてしまって11時15分くらいに到着。
遅刻したことで、一抹の不安どころか大いなる不安に襲われたがセーフ。駐車場にまだ空きはある。
車から降りようとしているあいだにも、車が一台入ってきた。
<ヤヴァイ!急げ!満席になるでぇ!>
駐車場争奪戦を制しても安心などできない。次は店内椅子取りゲームだ。
壁に面して、L字型に設けられているカウンター席は早くも満席に近かったが、テーブル席が空いている。平静を装いながらそこに座る。若干呼吸が乱れている。
<勝った…今日はどうにか食べられそうや……>
おそらく二年以上は来れていなかったけれど、メニューは変わっていない模様。
メニュー表の裏側に目当てのものを見つけた。
夏季限定『ピリ辛夏うどん』
近日『まるしん』を狙っていたのは、これを食べるためだった。
<入店するだけでこればぁ苦労するらぁて予想外やったけど、"夏季"が終わる前にありつけそうでよかった…>
早速、店員さんに注文した。
「ピリ辛夏うどんを…」そこまで発して迷った。量をどうするか。
<中盛1.5玉にしようか、大盛2玉にしようか…>悩む…でも…。
<三度目の挑戦でやっと食べれるがやき、2玉いっといたらえいやん。2玉くらい余裕で食べれるわ>もう一人の自分が、そうささやいた。
「冷たいうどんは少し時間がかかる」と事前に言われていた通り、若干時間がかかって『ピリ辛夏うどん』がきた。
<こんなうどん初めて見た…!>
赤と緑のコントラスト。ちょっとした少年みたいに心が躍る。
おろし生姜(ワサビも選べた)を入れて食べると、名の通り本当にピリ辛!
<こんなうどん初めて食べた>何だかコリアン。麺の下に冷たい出汁が入っている。
<ナムルかこれは…!?>ナムルだ。ナムルがたくさん載っている。赤く見えたのは刻まれたニンジンだ…!緑はキュウリとカイワレに定番のネギ。
中央には温玉。割ると黄色い。
この配色、信号機っ…!?
ビビンバうどん。そんな様相でもある。
麺の印象がたいぶ違う。最後に食べたのが二年以上前だから、舌の記憶も曖昧なのかもしれない。しかしおそらく、やはり麺がいくらか変化している。
以前はシコシコシコリンだったのが、現在はモチモチ強めというか、流行りの"やわゴシ"タイプに寄せてきている感がある(気のせいかもしれんけど)。
二年分の日進月歩が、麺に刻まれてんだ…!
だが感動も束の間。
ここからが苦しみと快楽の始まりだった。
<おかしい…。食べても食べても麺が減らん……>
反対に、お腹の空き容量はどんどん減ってくる。
麺の残量は、まだ半分以上ある。それなのに、すでに満腹に近い。
<なんでやろ…。食べきれんかもしれん…>軽く混乱した。<俺…もうこんなによう食べんなっちゅうがや…。そんな…、昔はここで特盛食べよったのに…>
大盛で大苦戦。何がどうなっているのかわからない。苦戦も何も、このままだと完敗する。
<たった2玉が全然食べれん…>一気に三十歳くらい歳を取ったみたいだ。<香川で6軒ハシゴしたのって、今年のことやったよね?>
店の隅のテレビからニュース番組が流れている。テレビの中でスラスラと原稿を読む男性キャスターに心の中で呟く。
「どうしよう……。ホントに食べれん…」
苦しみで表情が歪む私とは対照的に、男性キャスターは涼しい顔してコチラを見下ろしている。
<自分で大盛を頼んでおいて残すなんて最悪!自分で大盛を頼んでおいて、食べれませんでしたとかダサ過ぎる>
わかっているけれど、もうとっくに胃袋の限界を迎えている。
<限界の向こう側へいけっ!限界の向こう側へいけっ!>自分を鼓舞する。でも身体は、「やめろ、残せ」と明らかに拒絶している。
器の脇の容器に目が留まった。
醤油だ。薄かったらかけてくれと言われたのだった。
柚子酢もある。まるしんは昔から『かけ』や『釜揚げ』以外には柚子酢をよく付ける。
<柚子酢………。いいかもしれん>
ピリ辛夏うどんの上に控えめに垂らしてみた。
食べた瞬間<イケる>と思った。穏やかな酸味を帯びた麺は、器の中の世界に変化をもたらした。
<おおっ、食べやすくなった>閉ざされていた胃の扉が開いた。<まだ入る…!>
ペースを取り戻し、再び走り始める。快調だ。
<これでこそ俺…。いっぱい食べて大きくなります!>
そのままの勢いで完食!
「お疲れ様!お疲れ様!」エンドロールが流れる。かつて数々の死闘を繰り広げてきた『まるしん』で、また新たなる歴史を刻むことに成功したのだ。
すがすがしい気分でコップに入った冷水を飲む。
<あぁっ…水が美味しいなぁ>
そのときだった。
隣のテーブル席にきた客に店員さんが説明している。
「当店の中盛は2玉になりますけど、宜しいですか?」
え……。なに…?
2玉?
ふた……たま?
中盛が2玉………?
一瞬思考が停止した。そしてまた動き始めた。
<ということは、大盛は……普通に考えて3玉……?>
だ か ら 減らなかったのか。
以前は「特盛」というのがたしかにあって、特盛が3玉、大盛は2玉で間違いなかったはずだ。それがいつの間にか、中盛が2玉で大盛が3玉に変更されているのだ。そうとしか考えられない。そうじゃないと中盛が2玉だなんて説明が付かないじゃないか。
つまり私は2玉のうどんを食べているつもりで、実は3玉を食べていたのだ。
<食べきったあとでよかった…。途中の一番苦しいときにこの話を聞いちょったら、たぶんもう無理やった…>きっと希望の灯は消えていた。
次から次へと人が入ってくる店内。いつもの行列ができ始めるのも時間の問題だろう。
私はよろよろと立ちあがるとレジへ向かった。
「すんません、1万円でいいっすか」
(ピリ辛夏うどんは、おそらく9月末までの限定販売なので注意。日ごとの杯数限定もあるかも?)
◆ 手打ちうどん まるしん
(高知県香美市土佐山田町楠目339-1)
営業時間/11:00~18:00
定休日/月曜日
営業形態/一般店
駐車場/6台
(天ぷらうどん700円、冷山肉しょうゆ750円、肉ぶっかけ680円、ひやかけ380円、かきあげぶっかけ500円、スペシャルぶっかけ650円、しょうゆ380円、温玉ぶっかけ480円、揚げ餅100円、中盛50円増、大盛100円増など)