父と娘は南国市の『ラーメン食堂 黒まる』で、いささか驚いていた。
「おとっつぁん、野菜がいっぱい載ったラーメンがあるよ」と言ってメニューに載せられた画像を指差す娘に、父も目を丸くした。
「やや!本当だ。これはいままで黒まるになかったラーメンだな。きっと新メニューだ」
「おとっつぁん、これ食べたら?野菜がたくさん取れて身体に良さそうよ」
「うむ、そうだね。じゃあそれにしよう。ベジ…ベジまるという名のラーメンなのか。ほむほむ」
「アタシは"みそまる"の半チャーハンセットにするー!」
「ははは。いっぱい食べて大きくなるんだよ」
それから数分後、父の前に『ベジまる』が現れた。
「きゃー、すごいね」微笑する娘。父も笑う。
「野菜で麺が見えないや。何だか、ベータカロチン満載な感じだね」
「ビタミンB1も、きっと豊富に違いないわ」
「B2もおそらく!」
ひとしきり栄養ネタで盛り上がる二人。
「うふふ」
「うふふ」
麺の上に、キャベツ、モヤシ、ニンジンなどが載せられ、さらにその上にネギがてんこ盛りにされている。
娘が注文した『みそまる・半チャーハンセット』も来たところで、父はおもむろに『ベジまる』を食べ始める
「豪快な見た目とは裏腹に、麺は華奢な印象のストレート麺か」
「アタシのと違う麺だね」
「本当だ…!」と父は見た。たしかに違う。『みそまる』のほうが『ベジまる』の麺より太い。
「しかしすごい野菜の量だな。食べても食べても野菜がある」
冬だというのに、父の額に汗がにじんでいた。戦っているのだ。父はいま、『ベジまる』という怪物と戦っているのだ。
「お父さん、がんばって!」娘も声援を送る。
だがこのとき父は苦しんでいた。
<ダメだ…!このままだと血液に野菜の成分が溶け出して……血が緑色になってしまいそうだ…!>
『ベジまる』の野菜攻撃には、そんな錯覚を起こしてしまうほどの威力があった。
「大丈夫かい、おとっつぁん」娘も段々心配になってきた。父は心中を吐露する。
「とにかく食べても食べても野菜なんだ…!」
娘は悲しい表情を浮かべた。
「お…おとっつぁん…!何を弱気になっているの!?そんなの、おとっつぁんらしくないよ!!」
そのとき突然、武士が現れた。
「我が名は、みそまる……」
「みそまるですって!?」娘は驚愕しつつ自分が食べていたラーメンを見た。しかしそこにあったはずの『みそまる』は消えている。「まさか…!アタシの『みそまる』がこの武士になったって言うの!?」
「そうだよ。娘さん。キミのお父さんを苦しめる難敵、ベジまるは拙者が倒す…」みそまるがそう言うと、父が食べていた『ベジまる』は、見る見る人の形に姿を変えた。
「我が名は、ベジまる……」と、その武士は名乗った。父も負けじと名を名乗る。
「我が名は、おとっつぁん……」
娘もこのムーヴメントに乗り遅れまいと、名を名乗る。
「我が名は、娘っ……!」
「さあて、役者も揃ったところで、戦いを始めようぞ」みそまるはそう言い、刀を鞘から抜いた。刀身は黒色の箸だった。
「貴様のような古参に負けはせんぞ。新メニューの意地にかけてな!」と、ベジまるも応戦。鞘から刀…もとい、箸を抜いた。
何やら物騒な展開。血で血で洗うようなものを娘に見せてはいけないと、父は止めに入った。
「お二方とも、おやめなさい。手荒なことは良くないですぞ。ここはひとつオセロで勝負してはいかがでしょう。そのほうが平和で良いですよ」
「オセロなんて、やったことがないな…」ベジまるは困った顔をした。
「なぁに、私が教えて差し上げましょう」と父は笑った。「私はこう見えて、オセロには少し自信があるのです」
「おとっつぁんは、裏社会では"オセロ王"と呼ばれているんだからね!」と娘も笑った。
「そりゃあ、勝てるわけもないな」みそまるは頭を掻いた。「でもオセロ、興味はあるでござる」
「よしっ!そうと決まったら、みんなでウチにおいでなさい。オセロの盤もありますので」
みんなでオセロ。
楽しいね。
らん!らんらんらららんらんらーん、らん、らんらららーん。