※ これからするのは、数ヶ月前の話です。
話の中で登場するメニューは、おそらく夏期限定で、
現在は提供されていないと思われますので、ご了承ください。
お腹の虫は、いつも突然襲ってくる。
「ぐぅーーーぐぅーーーーー」
私は高知市内にあった用事を済ませて、帰路に着こうと、
車を停めた有料パーキングへ向けて歩いていた。
<それにしてもお腹が空いた・・・!>
"おびさんロード"と"中の橋通り"が交わる辺りで立ち止まり、
"線のない電話"を取り出して時間を確認すると、12時を少し過ぎたころだった。
いつもなら田舎料理の老舗、「オバ=ア屋ん」で昼飯を食べているハズの時間だ。
どうりで、お腹が空くわけである。
「金高堂書店」で、
なにか面白い本がないか物色しよう、なんて思ってもいたけれど、
本もロクに持てそうにないほど、お手手がプルプル震え始めた。
<うぐっ・・・きてしまった・・・発作っ・・・!
身体が・・・本能が・・・求めている・・・!
白い粉を・・・!うどんをっ・・・!>
私は、危機を脱するべく、
そのときいた場所から一番近くにあるうどん屋さんを目指した。
『てづくりうどん 麦笑(むぎわら)』
<たしか誰かが・・・ここの冷やかけが旨いと言っていた・・・!
ならばこの欠乏の難局・・・!麦笑の冷やかけで凌ぎきって・・・!
また明日から・・・俺は元気に畑へ・・・!って・・・ああっ・・・!?>
店先の立看板に「冷やしうどん」という文字列を見つけた。
<冷やしうどん・・・!?
麦笑では冷やかけのことを・・・冷やしうどんと呼ぶのか・・・!>
あとから落ち着いて考えてみると、"冷やしうどん"は、
あくまで"冷やしうどん"であって、もちろん"冷やかけ"ではないのだけれど、
このときは、そんなことを冷静に考える余裕なんてなかった。
うどんが・・・!
欲しくて・・・欲しくて・・・
堪らなかった・・・!
戸を開けて中に入った。
髭を蓄えた店主が、いつものように温かく迎えてくれる。
「いらっしゃいませ、ようこそいらっしゃいました!」
(手厚い!)
「冷やしうどん=冷やかけ」だと勝手に思い込んでいた私は、
当然、冷やかけが食べたいので、「冷やしうどん2玉で!」と発した。
それも、「ひ・・・ひひひ・・・冷やし・・・」という具合に激しくドモりながらである。
アジフライと、ギリギリまで迷いながら"ちく天"を取って、先払い。
色白の若い女将さんが、レジを打つ。
女将さんは、ニコニコ微笑みながら、
出来たら席まで持って行くので座って待っていてくれ、と言う。
言われた通りに、入口付近のカウンター席に腰を下ろして待つ。
子犬のように。
2分もかからなかったと思う。
1分42秒ほどだったかもしれない。
カップヌードルも出来上がらないほど早いタイムを刻んで、
待望の"冷やかけ"は現れた。
『冷やしうどん(2玉) & ちく天』
<なにっ・・・つけ出汁っ・・・!
麺を・・・つけ出汁につけて・・・食べる・・・!
これが麦笑の冷やかけ・・・新しい・・・だがしかし・・・これ・・・!>
かかってない・・・!
冷やかかってないっ・・・!
<冷や"かけ"うどんの定義からするとこれは・・・!>
様々な考察が私の中を駆け巡って、混乱。
すると一人の男性のお客さんが入ってきて、
偶然にも「冷やかけ」を注文した。「冷やかけ」と発した。
「はい!冷やかけ1玉ですねぇー!」
受け答える店主の声。
そのとき、やっと気が付いた。
冷やしうどんは・・・!
冷やかけではない・・・!
<考えてみると・・・俺は普段・・・!
"冷やしうどん"という表記自体を見た記憶が・・・ほとんどない・・・!
もしかすると・・・"冷やしうどん"を注文したことすら初めてかもしれない・・・!>
とどのつまり・・・!
俺は・・・冷やしうどんについて何も知らず・・・さらに・・・!
"冷やし"も"冷やかけ"も・・・!
同じものと思っていたっ・・・!
<そうか・・・そうだったんだ・・・!
"冷やし"は・・・いわゆる"湯だめ"の冷水形態っ・・・!
呼び名に"かけ"の二文字が入っているか否か・・・これが鍵だったんだ・・・!>
私も高知のうどんが好きで、
高知の様々なうどん屋さんに行って、様々なうどんを食べてきた。
それでも"かけ"のトリックに落ちた。
永遠に、うどんの中を彷徨っているみたいだ。
マリアナ海溝よりも深い、小麦の世界の中を・・・。
流氷、浮かぶ、氷結の海。
白く伸びる麺線・・・。
放り込め・・・!
つけ出汁の彼方へ・・・!
うどん屋さんに行くと、
「かけ」「ぶっかけ」「醤油」「釜玉」
それらの系統はよく注文する。
しかし、「湯だめ」「釜揚げ」「ざる」など、
つけ出汁仕様のうどんを注文することが稀なのには理由がある。
つけ出汁に麺を投入するたびに水分が入って、
次第にドンドン出汁が薄くなってしまうのがイヤなのと同時に、
イチイチ麺を出汁に浸けて食べるのが面倒だからだ。
"冷やかけ"と同じものだと思い込んでいて、
唐突に現れた、つけ出汁仕様のうどん。
実は今回も、序盤は浸けるのが面倒だった。
だが、その出汁は、
絶妙な精度で精密に、狙い済ました地点へ投げ込まれる。
爽快っ・・・!
駆け抜ける清涼感・・・!
飲めば飲むほど・・・!
元気になれるっ・・・!
麺、浅い部分、クニュクニュ。
芯部でシコシコに変化して魅せる。
氷結の海から麺を掴んでは浸け、
掴んでは浸け・・・。
そうやって食べていると、
脳ミソ覚醒。発想が爆発した。
<このつけ出汁に・・・!
ちく天・・・合いそう・・・!>
私は、おもむろに"ちく天"を出汁に浸した。
そして一口、二口、ゆっくりと噛み締めた。
すると、噴出。
ちく天の中からドバドバ・・・!
溜め込んでいたエネルギーを解き放つように・・・!
獰猛に躍動しながら溢れでる出汁・・・!
<最初は・・・ただのちく天だと思っていた・・・!
だが・・・!コイツは出汁に浸した瞬間から・・・!
俺の手に負えない・・・凶暴なちく天になっちまった・・・!>
ちく天・・・!
限界突破っ・・・!
うどんの歴史、ひいては人類の歴史が、
この先どこまで行っても不可能だと思われていた、ちく天の独り立ち。
麦笑のつけ出汁にちく天を浸けるってことは・・・!
パンドラの箱を開けるってことだったんだっ・・・!
初めての「冷やしうどん」を、
ちく天と共に嬉々として完食しようとしていると、
髭の店主の声が聞こえてきた。
「ありがとうございました!
このあとも頑張ってください!」
黒いビジネスバッグを提げた
スーツ姿のお客さんが去っていくのを、
微笑みながら送り出す店主の姿が横目に見えた。
1週間後。
リベンジ・・・!
今度こそ正真正銘・・・!
念願の・・・!
麦笑・冷やかけ(2玉)・・・!
(フューチャリング・またまた"ちく天")
吸い込まれそうな、透明感。
尋常じゃねぇっ・・・!
芳醇な香り。
麺に負けない強靭な出汁。
落ちた。落ちた。
旨味がポタポタ、胃に落ちた。
◆ てづくりうどん 麦笑
(高知県高知市本町2丁目2-4)
営業時間/11時~15時
定休日/不定休(月2回程度)
営業形態/セルフ
駐車場/無
(しょうゆ2玉400円、かけ2玉380円、[1玉の場合は100円安くなる]
釜バター、ちく天100円、アジフライ80円など)
『麦笑』の場所はココ・・・!