"苺氷り"を食べる前に『丸吉食堂』へ昼食を食べに行った。
「丸吉食堂の"ちゅうにち"が美味しい」とスパイが言っていたからだ。
いったい何のことだか、わからないかもしれないけれど、私の知り合いのスパイは本当にそう言った。
「それどこにあるんスか・・・?」
と私が丸吉食堂の場所を訊くとスパイはすぐに教えてくれた。
「ひろめ市場の西側の路地を入ったところ」
「ひろめ市場の西側・・・?」
と私は考えた。「ひろめ市場の西側に路地なんかあったっけ・・・」
それから何日も経たない内に、すぐ行った。
空から落ちる水滴。雨。四国地方の梅雨入りが発表された日だった。
<おかげ様で夜も眠れなかったぜ・・・!>
スパイから極秘お得情報を聞いたことで、私はすっかり興奮してしまって、毎日10時間ぐらいしか眠れていなかった。
<圧倒的!睡眠不足!>
私は眠い目を擦りながら、ひろめ市場の2階の駐車場から1階へ降り、北出入口から外に出て傘をさし、西側にあるという路地を探した。
程なくして、なんだかよくわからない路地を発見した。
<OH!ベリー路地!>と私は路地を見て思った。<ここかな?>
私はテキトーに左折してよくわからないベリー路地へ入った。そのベリー路地が正解!
『丸吉食堂』
<こんなところに食堂が・・・!>
と私は驚きながら、しばらく丸吉食堂の前に立って外観を見つめていた。
<すっごく雰囲気いい・・・>
昨日、今日に建った建造物には出せない質感。
具合の良い年季の入り方!漂わす歴史の存在感!
<高倉健みたい・・・!>
噂に聞いた「世界一美しいウインドウトリートメント(窓装飾のことらしい!)」もある。
出窓のようになったところにオカズが並べられていて、それを外からも確認できるという画期的システムになっているのだ。
私は高倉健みたいな戸を、右から左へ開けて潜入した。
質量では語れない・・・!
歴史の重みが炸裂する・・・!
<何もかもが期待どおり・・・>
私は店内の小あがりに敷かれた座布団に腰を下ろして、周囲を見渡した。
俺んちじゃないけど、
俺んちみたいだ。
落ち着ける。
初めて見る空間だとは思えない・・・。
初めて吸う空気だとは思えない・・・落ち着ける・・・。
私は店のお姉さんに注文した。
「ちゅうにち・・・とぉ・・・それから・・・」
私はうどん野郎だ。
店に入った瞬間から気付いていた壁に貼られた平仮名3文字を無視することなどできない。
私は微笑を浮かべるでもなく無表情のままで言った。
「・・・うどんッ!」
しばらくして、先に「うどん」の登場。
具材は、揚げ、ネギ、カマボコ、とろろ昆布。
穏やかで美しい空間に、穏やかで美しいうどんが映える。
エッジが鋭く効いた流行りのうどんとは違う、なで肩の丸うどん。
でもこの空間には、これしかない・・・!
麺にコシなんかまったくないが、それが旨い。
出汁は理論を超えていて、愛とか優しさとか、そういうのが入っているということにしておかないと説明できない。
たとえば、お母さんが握ってくれたオニギリを、青空の下で食べるように。
たとえば、好きな人と一緒にごはんを食べるように。
<だから旨いんだよなぁ・・・>
と私は思った。
終始、心はときめいていた。
うどんという食べ物の奥深さに気が付いた数年前みたいに。
せっかくなので「世界一美しいウインドウトリートメント」から、オカズを取ってこよう。
スパイからの事前の情報でシステムは大体わかっている。
オカズは勝手に取ってきても構わないらしい。
会計時に店の人が皿を確認すると、代金がわかるということのようだ。
私は小あがりからスゴスゴと立ち上がって靴を履いて、3皿ほど取ってきた。
玉子焼、ポテトサラダ、田舎寿司。
中が少し半熟気味になっている、玉子焼。
濃厚で滑らかな味と舌触りのポテトサラダ。
いなり寿司の上では、甘酢漬けにされた生姜が桃色に光っている。
先にご飯物を食べすぎると、それ以後が入らなくなるので、
控えめに食べていると「ちゅうにち」が現れた。
「ちゅうにち」は、
「よう!竜一!」みたいな勢いだった。
私は「竜一と呼ぶな!竜ちゃんと呼べ!キャンペーン実施中!」と、"ちゅうにち"に言った。
"ちゅうにち"は、わかったような顔をしていた。
私は箸を構えて麺をつまんだ。
<細い!細めの麺だ・・・!>
細めに見えたが重い。口へ運ぶ。<ふぉーん・・・!>
圧倒的・・・!
ドゴォーン・・・!
<麺!ブリブリ!出汁!主張・・・!>
具材は、うどんとまったく同じ構成。<麺!ドゴォーン!出汁もドゴォーン!>
全体的に・・・!
ドゴォーン・・・!
それにしても麺が旨い。
固めで細めでブルンブルンしている。
<アルデンテ・・・!>と私は思った。
おそらく、うどんの出汁と同じものを使用しているハズだと思うけれど、気のせいかうどんの出汁よりも濃く感じる。
<スパイの言ったとおりだ美味しい!>
麺を食べ終え、出汁を飲み干す。<俺もこの感じ、好き・・・!>
50代ぐらいのオジサンが1人入ってきて、ごはんと味噌汁を注文してオカズを取っている。
「魚だけ温めて!」とオジサンは言って、店のお姉さんに焼き魚が乗った皿を渡した。
<なんかエエなぁ・・・>
と私は思った。<俺んちじゃないけど、俺んちみたいだ・・・>
店のお姉さんを呼んで会計をしてもらう。
お姉さんはテーブルの上に並んだ皿を見渡して、会計を暗算して告げてくれた。
舌代を払って外に出る。
まだ雨は静かに降り続いていた。
苺氷りでも食べて帰ろう。
のんびり、ひろめで、甘く融ける苺氷りを。
このあと、ひろめ市場で苺氷りを食べたです!
『ひろめ市場内「龍馬茶屋」 苺氷り』