BAR『ラストチャンス』で目の焦点が合わなくなるほど飲んで、高知市中心部の飲み屋街を歩いていた。
空は真っ暗だけれど、街は明るい。
通りに並ぶ飲み屋のネオンが朱色に輝いていた。熟れ始めのイチゴみたいな色だった。
<蕎麦で締めよう……>
普段、飲んだときはうどんかラーメンで締めるのに、このときだけそう思ったのは『ラストチャンス』で常連さんに『唯』という蕎麦屋を薦めてもらったのがきっかけだった。
<あの蕎麦屋…まだ開いてるよね…!>
何度か店先を通ったことがある店だった。
『蕎麦茶屋 なべしま』
店の戸を開けると酔い客たちの賑やかな声が、往年の千代大海みたいに押し寄せてきた。
<これほど賑やかなのに外にはまったく漏れていなかった酔っ払いたちの音声…!なのに店内に入った途端…この喧騒…!>
この壁……!
防音壁っ…!?
奥にテーブル席。手前にカウンター席。
奥には酔っ払いがいっぱい。手前は空いている。
私はひとり。劇団ひとり。
もちろん手前のカウンター席をチョイスした。
「くいしんぼ如月」のチキンナンバンチョイスをチョイスするみたいにチョイスした。
(くいしんぼ如月=高知に数店舗ある弁当屋さん)
たしか5種類ぐらいの中から、好きなオカズを選べるチキンナンバンチョイス。
私は生姜焼き派だ。
生姜農家だから、ということではない。
純粋に。ピュアに。ピュアセレクトマヨネーズな雰囲気で、最もチキンナンバンに合うと思うからだ。
でも本当はハンバーグでも玉子焼きでもなんでもいい。
じつはどうでもいいのだけれど、やっぱり私は生姜焼きを注文してしまう。
やっぱり生姜が好きなんだ。
食べ物を注文するのは、就職先を決めるのに似ている。
注文を決めるということは、未来を決めるということ。
メニューを前に熟考する。
この決断に…俺の人生がかかっていると言っても過言ではない…!
『鳥南ばん』にしよう。
そう思った。如月のチキンナンバンの話もしたことだし。
『鳥南ばん』
店のオバちゃんがニコニコしながら運んできてくれた。
<ご…ごはんが付いてる…!ありがたいっ…!>
感動の涙の粒が、ごはん粒の上に落ちた。
褐色の湖面に浮かぶ鳥肉。
そしてネギ畑みたいにネギがたくさん浮かんでいる。
綺麗だね、綺麗だね、鳥南ばんちゃん!
ずっと…”そば”にいてね…!
ずっとずっと”そば”にいてね…!
蕎麦だけにっ!
だいぶ前から言いたかったダジャレが言えてスッキリした。
蕎麦の香りが鼻に抜ける。
ほっこりした食感。モグモグ食べる。
<たまにくるネギのシャキシャキがイイッ!井伊なおすけ全開っ…!>
食べるごとに、酔いがやわらかく醒めていく。
温かいつゆ、アルコールでやられた胃に優しく落ちる。
ずっと蕎麦にいてね。蕎麦だけに、そばに。
◆ 蕎麦茶屋 なべしま
(高知県高知市帯屋町1-8-15)
営業時間/
11:00~15:00(昼営業は日曜日のみ)
18:00~27:00
定休日/月曜日
駐車場/無