高知インター店の『はなまるうどん』に行くと、『生姜玉子あんかけ』なるうどんが売られていた(これは昨年十二月の話で、現在は販売終了している模様)。以前にも販売されていた期間限定メニューだ。
私は決意した。
<これは再度食べてみたい!>
生姜農家だから生姜玉子あんかけを食べるのではない。元々あんかけみたいなものが好きなのだ。いいや、ともすれば片栗粉が好きなのかもしれない。
午後四時くらいだった。
<夕食が近い。あまり食べ過ぎてはいけないな>
レジにて注文。
「生姜玉子あんかけの小」
<くくく……!よもやレジのお兄ちゃんも、生姜農家が生姜玉子あんかけを注文したとは夢にも思うまい…!>
目の前で、淡々と生姜玉子あんかけを完成させていく、レジのお兄ちゃん。
<このままでは普通だ。普通というのは面白くない。世の中は、極端とか、異常とか、もっと言えば馬鹿が面白いのだ。ここで一つ、このお兄ちゃんを驚かせてやろうじゃないか>
「すすす……すいません!」わざとビビッた口調でレジのお兄ちゃんに話しかける。生姜玉子あんかけを作りながら、何事かとコチラに顔を向けるお兄ちゃん。「カレーうどんの小も!」
<驚いただろう…!まさか二杯も頼んでくるとは想定外だっただろう…!しかも熱いうどんに熱いうどんを組み合わせるという正気の沙汰ではない暴挙っ…!>
だがレジのお兄ちゃんは、「了解でーす」といった雰囲気で意に介していない。
<マジか!お前!一人で二杯だぞ!頭が可笑しい人じゃないと一人で二杯も食べないぞ普通!>私は平静を装いながらも取り乱した。<どうじで…どうじでおどろがない……!!>
よく教育されている。さすがは天下の『はなまるうどん』だ。
<まあ、いいさ。肝の据わった人を無理に驚かしているほど私も暇じゃないのでね>
うどんを受け取り、会計を済ませて、茶をくみ、水をくみ、カレーうどんに生姜を載せて、空いた席に腰を下ろす。
久々に対峙する『生姜玉子あんかけ』。
<あっはっはっ!美味しそうじゃないか>自然と笑みが漏れる。
玉子だらけの餡がまとわり付いた麺を食べる。
<おおっ!うひっ!ムニョンムニョンの世界の中で、生姜が香りと味と食感のアクセントになっておる!>
よく自分が作っている作物を食べると、栽培中のツライことを思い出すから、自分が作っている作物を食べるのはイヤだ。という農家がいるが、私はそんなことはまったくない。むしろ生姜を作り始めてから生姜が好きになった。栽培中のツライことを思い出そうにも、ツライことがあまりないので残念ながら思い出せもしない。
そして『カレーうどん』!これにも生姜を投入している。
<カレーうどんに生姜を入れると、身体が温まる気がしていいじゃないか!うどんだったら何でも生姜をブチ込むなんて、俺は生姜農家の鑑だな!>
そのとき頭上から大きな鏡が降りて来た。
<生姜農家の鑑である私に、鏡のプレゼントとは…!さすがは天下のはなまるうどん!太っ腹だ!>
しかし鏡には何も映っていない。本来ならば目の前にいる私はもちろん、周りの風景が映り込むはずなのに。
<ははぁーん>察した。<これはアレだな…!白雪姫方式だな!>
早速、訊いてみた。
「鏡よ、鏡よ、鏡さん、世界で一番美しいのは、だぁーれぇー?」
「それはね………」そう言いながら鏡はコチラに倒れ込んで来た。
「ちょっ…おまっ……おいっ…」見ると窓が開いている。「風だ…!風で鏡が押されているんだ…!」
気付いたときには、もう遅い。
バッターンッ!鏡は倒れ込んだ。私は間一髪のところで避けたが、ガッシャーン。鏡は割れてしまった。
<いったい誰が一番美しいのかわからず仕舞いだったが仕方がない。もう鏡は粉々だからな>
そのとき割れた鏡の中から、ランニング姿の中年のオッサンが出てきた。
「あっ!鏡の精だ……!」私はオッサンを指差した。
「きゃーっ!恥ずかしい…!」オッサンは脇目も振らず、開いた窓から駆けだして行った。
慌ててオッサンを追いかける。
店の外まで出たところで気が付いて立ち止まった。
「あっ!まだ食器を返却口に返してない…!」
うどん民としてのマナーを取るか、鏡の精を取るか。迷っているあいだにオッサンはだいぶ遠いところまで逃げてしまった。食器をさっさと返していなかったがばっかりに、貴重なタイミングを逃してしまった。