頬を伝う涙を覆い隠すように厚い雲が蔓延って、
空は大粒の雨を降らせた。
<俺の分まで・・・泣いてくれてるんだね・・・>
泣いていた。
空が私と共に泣いていた。
<こんなに沈んだ気分を晴らすには・・・そうだ、うどんしかない・・・!
香川だ・・・アルデンテのメッカ・讃岐に行けば、きっと俺の空を晴らすことが出来る・・・!>
私は車を走らせた。
100万ドルの価値があるとされる私の笑顔を取り戻すためには、讃岐に行くしかないのだ。
愛媛県経由で讃岐に行こうと、雨の大津バイパスをひた走る。
すると、一軒のうどん屋が目に入った。
時速100マイルは出していたから一瞬しか見えなかったけれど、
「さぬき」の「さ」が見えた気がした。
<おやおや・・・!>
車を運転しながらの、わき見は非常に危険であるから、
ハザードを高速点滅させたのちに路肩に停車して、
丁寧に確認すると、間違いなくたしかに"さぬき"と書いてあるではないか!
<あれまっ・・・!
こんなところにも讃岐があった・・・!>
"讃岐"の表記を見たら、すっかり香川に行く気が萎んで無くなってしまって・・・。
<香川に行くのは、もうやめだ・・・!
だって、ここも"さぬき"って書いてあるから香川みたいなもんだろ・・・!>
などと豪語すると、
空は相変わらず大粒の雨を降らせながら応えた。
<そうだね!ザーザー!竜ちゃんの行っていることは一理あるよ!ザーザー!>
(ザーザー = 雨音)
わかっていた。
本当は、空は無理してそう言ってくれたのだと。
いいのだ。
空のそういう優しさが、嬉しかった。
『さぬきのセルフうどん 愉楽家 高須店』
<行ってくるね・・・!>
実は約2年ぶりだったりする『愉楽家』の前で呟くと、
空は少し寂しそうな顔をして言った。
<アタシは空だから、うどんを食べることは出来ないの!
だから・・・アタシの分まで食べてきてネ!>
<なにを言っているんだ、空・・・!
きっとキミの分はお持ち帰りしてくるさ・・・!
たしか愉楽家・・・うどん玉のお持ち帰り、可能だったハズだし・・・!>
<いいよ・・・大丈夫・・・
だって、竜ちゃんが愉楽家から出てくるまで、
アタシ・・・雨・・・降らせられているかわからないし・・・!>
「晴れたっていいじゃないか!」
晴れてる時のオマエが
一番輝いてんだっ・・・!
<竜ちゃん・・・!>
「ザーザー、ザーザー」
雨は一向に止む気配さえなかった。
空が泣いている。
竜一が素敵過ぎると泣いている。
~ FIN ~
感動の物語はさておき、入店する。
早めの11時過ぎほどに仕掛けたから、
いつも昼時になると働く人々の行列が出来ているのを目撃する愉楽家も、幾分空いていた。
ほとんど忘れ掛けていた床の感触を確かめながら、
入口から真っ直ぐ前方へとにじり寄り、カウンター越し。
色白で痩せたお兄さんに注文する。
「かか・・・かかか・・・かかかか・・・!」
さて、注文は終わった。
出来上がった釜玉を受け取って、
続いて、トッピングコーナー。
ゲソ天を取ると見せかけて、
トングの先がゲソ天に触る触らないか、ギリギリのところで切り替えて、かき揚げを取ってやった。
これは、「ゲソ天トングキャンセル」という一種の技で、
覚えておいても何の役にも立たないから、みんな覚えておくべきだと思う。
レジで2年ぶりに見せおおした『愉楽家ポイントカード』は、
通用するのか不安だったけれど、まだ使えたようで、
10円引きにしてもらえた挙句、ポイントも付けてもらえた。
ありがたいっ・・・!
ありがたいっ・・・!
『釜玉(大) & かき揚げ』
いつの頃からか量が増えたとされる愉楽家の麺は、1玉が350グラムあるという。
これは一般的な1玉の量の1.5倍らしいから、相当な量である。
つまり、私が頼んだ大(2玉)だと、
麺の重さだけで700グラムという計算が成り立ち、
食べただけで体重が、700グラムは確実に増えるわけだ。
激太りじゃないかっ・・・!
注文したあとに、
壁に貼られた紙を見て『特大』という量もあるのに気が付いて、
<なんだよ、特大もあるんじゃねぇか!
張り紙に書くんじゃなくてカウンターの上にある正規のメニューに書いといてよ!
気付かないよ、こんなの・・・!>
などと大変に悪態をついてしまったのだけれど、
張り紙に書いておいてくれてありがとう。
よくよく考えてみれば、特大(3玉)1050グラムは、さすがに逝ける。
1050グラムは、
うどん玉じゃなくて、鉛玉だ。
けれども、私の胃袋は宇宙でもあるから、
その気になれば食べられるような気もしてくるのだけれど、後の祭り。
改めて対峙する「釜玉(大)」
<なんてことだ・・・!
大が普通の店の特大ぐらいあるじゃないかっ・・・!>
麺は細めだけれど、強烈に細いわけでもなくて、
もっと細い麺のうどん屋さんもあるよなぁという、人間で言えば堺正人ぐらいの細さ。
綾瀬はるかが笑った顔みたいに柔らかめの感覚で、
噛み込んでいってもずっと柔らかめの反応が続くが、綾瀬はるかだから問題は無い。
柔らかいということは、「食べ易さ」を生む側面もあるのではないだろうか。
帰り際、出入り口近くの座敷の前を通ると、
小学校低学年か、もしかするとまだ小学校にも上がっていないぐらいの小さな女の子が一人でいた。
(と言っても、もちろん一人で来ているわけではなくて、
親はカウンターのほうに行っているみたいである)
その女の子が食べている「ざるうどん」を見て、驚いた。
<今さっき俺が食べた量と同じぐらいある・・・!>
おそらくは、大。
700グラムのうどんを余裕の表情で食べている女の子に、心の中で発す。
<いつか・・・俺と勝負しようぜっ・・・!>
店を出ると、雨は幾分と小降りになっていて、空は微笑みながら言った。
<お帰り竜ちゃん!強敵が現れたね!>
<あぁ・・・あの子が大きくなるまで・・・俺はブラックホールでいないといけないな・・・!>
雨の中を小走りに駆けて車を目指す。
腹の中で踊っていた、700グラムの釜玉が踊っていた。
◆ さぬきのセルフうどん 愉楽家 高須店
(高知県高知市高須字長場江塩田南ノ丸309-4)
営業時間/10時~20時
定休日/無
営業形態/セルフ
駐車場/圧倒的70台
『愉楽家の場所はココっ・・・!』