酒を覚えたての頃は、飲み歩くのが楽しくて仕方が無くて、
週一ペースで街に繰り出しては、日付が変わるまで飲んだりしていた。
しかし、近年は酒を飲み歩く楽しさよりも、引き篭もり志向が上回り始めて、
飲み歩くことをパッタリとやめてしまった。
飲んでから、はるばる辺境の家まで帰るのは面倒臭いし、
そもそも街に繰り出すこと自体が、億劫になってしまっている。
一緒に飲みに行こうよ、という誘いも無いし。
もはや、仕事とうどん以外のことでは家から出たくないし、部屋からも出たくない。
<俺のことなんか放っておいてくれ!俺はこの部屋から絶対に出ないぞ!>
なんて自暴自棄になり始めていると、知人が誕生日祝いにスシローでも行くか、と声をかけてくれた。
「イヤだ!」
即答で拒否する私に、
いささか困惑した表情を浮かべる知人。
念のため、「奢ってくれるのか」と聞くと、
奢ってくれると言う。
その答えを受けて、
わずかばかり思案したのち、
私は不気味な笑みを浮かべて言い放った。
「回らない寿司なら、イイぜ・・・!」
回らない寿司屋、数あれど、この日・・・すなわち3月29日・竜一生誕30周年記念日の私は、
とにかく無性に貝が食べたくて、早く貝を食べないと「妖怪・貝人間」になってしまいそうなほどだったので、
何度か来たことがあって、貝類が豊富にあることを知っていたこの店を、ドラフト1位で指名した。
『晶栄寿司』
(しょうえいずし)
古くから土佐山田駅前にある老舗の「寿司居酒屋」みたいなところで、
もしかすると、私が生まれる前からあるかもしれない。
年季が入った店内。
20時ほどの入店だったが、既にカウンターでは酔い潰れたオジサンが突っ伏して寝ていた。
座敷に案内されて、まずは生ビール。
手に持って、驚愕。
キンッキンッに冷えてやがるっ・・・!
ジョッキを冷やしてある店はよくあるけれど、冷え方が尋常ではない。
体感温度にして氷点下30℃ほど、ジョッキを持った瞬間に、手の体温を全部吸い取られる。
口を付けると、唇にジョッキが張り付き、
それでも耐えてビールを飲み込むと、体を芯から冷やし切ってくれる。
ありがたいことである。
おかげ様で、体の震えも止まらない。
「すごい!これ!めっちゃ冷えちゅう!」
なんて、高知県人みたいに流暢な土佐弁を繰り出しながら、
私はワザと目を丸くして口を尖らせ、「ムンクの叫び」のような、おどけた表情を作ってみたりした。
プルプルと切実に震える手で持ち、見やるメニュー。
晶栄寿司のメニューに記載された品数は、ざっと閲覧しても100を雄に超えていて、
まったく優柔不断じゃなくて、いつも男らしくスパッと決める"決断力の男"として知られる私も、
このスター軍団の中から注文する品を選ぶとなると、さすがに迷った。
額に脂汗を滲ませながらの、真剣なる吟味。
すると、「本日のオススメ」みたいなことを書いた紙に「地ガキ」があるのを見つけて、
元々、貝目当てでココに来た私は「おお!これだ!」とばかりに、勢いよくドモリながら注文した。
地ガキだから養殖ものに比べていくらか小粒だけれど、
カキ本来の味が非常に濃くて、「カキですよぉー!どうですかぁーっ!」と、強力に主張してくる。
(※ 画像サイズは乙女心です)
口の中をビールで潤しておいてから、カキ。
カキの味わいを楽しみながらの、ビール。
ビールで流し込む。
流し込むと、喉に詰まる。
かと思いきや、ツルン・・・!
カキ、消失。
喉に進入しようとした瞬間に消えたカキ。
その時、一体なにが起こったのか自分でもまったくわからなかったけれど、
専門家を交えての様々な検証の結果、カキは一瞬にして胃へ流れたのだと判明。
しかし、"カキ評論家"でもある私の見解はまた違う。
カキは胃へ流れたことは流れたのだけれど、正確には流れたのではない。
カキは帰っていったのだよ・・・。
俺の胃という名の大海原へ。
続いて、「唐揚げ」である。
唐揚げが来た数十秒後に、
「ぐぁあぁぁぁ!」という怪獣の鳴き声みたいな声が聞こえた。
起きたのである、カウンターに突っ伏して寝ていたオジサンが。
ゴジラの如きオジサンの鳴き声に笑いながら食べた唐揚げは、
とても柔らかくて・・・!またもや、消失。
唐揚げは、帰っていったのである。
俺の胃という名のニワトリ小屋へ。
「鮪サラダ」は、生で登場するという予想に反して表面が炙られてあって、
いわゆるカツオのタタキみたいなことになっていて、反射的に『草や』で食べた鮪を思い出した。
桂浜に打ち寄せる白波のように迫力ある盛り付けは、豪快且つ繊細。
玉子焼までもが力強くそそり立って、圧巻のスケールと怒涛の攻撃力を魅せている。
部屋の片隅には、なぜか「会社四季報」なども置かれているし、
どういうわけか、一枚だけトランプも飾られていた。
絵柄を確認すると、ハートのキングだった。
「名探偵コナン」だったら、
これがきっと被害者が残した犯人に繋がる重要なダイイングメッセージなのだろうけれど、
現状では、「ゴジラの目覚め」以外に、まだ大きな事件は起こっていない。
ならば、この一枚だけ飾られたトランプに籠められた意味はなんなのか。
わからないまま時は流れて、「にぎり」が現れた。
「晶栄寿司」であるからには、やはりコレが主役だ。
ネタを指定してバラバラに注文することも可能なようだけれど、面倒だから盛り合わせにした。
途中から切り替えた瓶ビール。
メニューには「キリンラガービール」と、たしかに書かれていたハズだけれど、
「アサヒスーパードライ」が来た。
テキトーである。
グラスがキリンだから、まぁいいや。
巻き巻き好きには堪らない、「サザエ」
ちゃんと一口サイズに切ってくれていて、中にはタップリのお出汁。
それから、シイタケやウズラの生卵が入っている。
コリコリとした食感に甘めの出汁が絡んで、美味しい。
美味しいと、どうしても「うどんの上に乗せるとどうなるか」を考えてしまうのだけれど、
殻ごと乗せても食べ辛いし、中身を取り出すと、それはそれで見た目に大きな問題を抱えてしまうから
少し厳しいのかと思いながらも、"微塵切りにすればイケるかもしれない"という次元にまで思考が達した瞬間、
「丸亀製麺」からアドバイザーとしてのオファーが来る可能性すらある、自分の計り知れない潜在能力にドキドキした。
タラフク食べて飲んで、「晶栄寿司」を出る。
少し歩いたところで夜桜を見た。
数年ぶりに見る夜桜だった。
まだ三部咲きほどであったけれど、
街灯の弱い光に照らされた桜花は美しく、万華鏡みたいにグルグルと回っていた。
<花が回るなんて・・・最新型の桜はすごいな・・・!>
なんて思いながら視線を前方に向けると、
辺りの建物から何から何までもがグルグルと回っていた。
酔っていた。
◆ 晶栄寿司
(高知県香美市西本町1丁目)
営業時間/不明~22時(閉店時間が早いので注意)
定休日/休みだったら閉まってる
駐車場/店に向かって右側に有
『晶栄寿司の場所はココ・・・!』