私はうどん野郎である。
うどんのために片道数時間はあっても、
ラーメンのために遠くまで行くことは、これまでに無かった。
それでも、そのラーメンには一度逢ってみたかった。
なにせ、近年、稀に見る評判なのだ。
<まるで"三里うどん本舗"のラーメン版・・・!
コイツは是が非でも食べておきたい・・・!>
だが、そのラーメン店がある場所は、
高知県東部に位置する緑豊かな、北川村。
躊躇するに充分な距離だった。
窓の外から雨音が聞こえていた。
心の迷いを握りつぶすように、私は自分を鼓舞した。
<思い出せ・・・!
うどんの新規開拓に燃えていたあの頃の熱をっ・・・!
迷ったら勝負だろっ・・・!行くしかないだろっ・・・!>
いまココでこの局面で・・・!
行くべきラーメン屋に行っとかないと・・・!
<どんな香りを漂わせて・・・どんな味を舌の上に広げるのか・・・!
気になって気になって・・・!俺は夜も寝られないっ・・・!>
行こう・・・!
いわゆる饂飩から解き放たれた世界へっ・・・!
高級な軽自動車のステアリングを握って、一路、東進。
一旦、止んでいた雨は、安芸市に入った頃からまた降り始めた。それもかなり強く。
しかし北川村に入るとまた止む展開。これなら濡れなくて済む。ツキはある。
二度ほど訪れた「モネの庭」のそばを通り抜けて、北へ。
今日は花じゃない、ラーメンだ・・・!
道はドンドン山へ向かって入っていく。
そしてドンドン狭くなる。
私は不安になって、車を道の脇に停止させた。
<人ひとり見かけない・・・!
大丈夫か・・・こんなところ・・・と言っては失礼だが・・・!
こんなところに・・・こんなところにラーメン屋があるのかよっ・・・!>
ズボンのポケットからスマホを取り出して、
"フォース"という名のナビアプリを起動させて、フォースの力で探した。
<感じろっ・・・感じるんだっ・・・!
ラーメンが発する・・・圧倒的フォースを・・・!>
すると、すぐ近くに、
目指すラーメン屋のフォースを感じるではないか!
私はニヤリと阿部寛のように笑って、
ポルシェみたいな高級な軽自動車のアクセルを踏み込んだ。
『いごっそらーめん 店長』
山の緑を背景に、その店は佇んでいた。
<店の前にガードマンがいる・・・!
ガードマン付きの麺屋なんて・・・インター店の丸亀製麺以来だぜっ・・・!>
土曜日の昼過ぎ。
店先にはガードマンのほかに幾人かの客が並んでいる。
<ここまで来たら待つのがイヤだから他店へ・・・!
というわけにもいかない・・・!
くっ・・・!待ちを覚悟せにゃならんか・・・!>
しかし、幸運。
車から降りると、ちょうど数組の客が一斉に出てくるという間の良さ。
<きたっ・・・神懸かり的展開っ・・・!
もしかするともしかして・・・待たずにいけちゃう・・・!?>
あぁっ・・・麺神様っ・・・!
(あぁっ女神様っ!風に、あぁっ!めんがみさま!)
なんということでしょう。
麺神様のおぼし召しにより、並んでいた人たちとともに、私も入れた。
食券制だということは、他のブロ神様(ぶろがみさま)のおかげで知っていたので、
迷うことなく入ってスグの券売機で食券を買って、唯一、空いていたカウンター席へ。
そしてラーメンの出来上がりを待つ。
厨房には、誰が見ても大将な男性が1人いて、店員にしか見えないオバチャンが2人いる。
オバチャンは敬語なんか使わずに、土佐弁全開で客と接している。
そのことが逆に、「ここは北川村だぞっ!」という雰囲気を高めていて、いい!
大きな寸胴で、スープがマグマのように沸いている。
中には、砲丸みたいなキャベツが1玉丸ごと入っている。
大将、動き、軽快。
前かがみの体勢で上下に体全体を揺らしながら、
麺を湯掻いたり盛り付けたりしている。
<まるで踊っているみたいだ・・・!
いいや・・・!"みたい"じゃない・・・!
間違いなくいま目の前で踊ってんだ・・・踊ってんだってっ・・・!>
いごっそは踊る・・・!
舞いながら作るっ・・・!
やがて出来上がったラーメンが、
大将の手によりカウンターの上の段に置かれた。
「熱いから気をつけてね!」とオバチャンが言う。
私は「はい・・・」と返事して器を手に持とうとした。
するとまたオバチャン「気をつけてね!気をつけてね!」・・・何度も言う。
<他の客にはそこまで言っていないのに・・・なんで俺だけ・・・!
そんなに俺・・・熱さに弱そうな顔してるのかな・・・!
大体・・・大げさだよ・・・大げさ・・・そこまで熱くないでしょ・・・!>
なんて思いながら器を持った。
・・・瞬間!
「うぇっ・・・アチっ・・・!
アチチ・・・!ホンマに熱いやんっ・・・!」
郷ひろみの「ゴールドフィンガー'99」を歌うなら、今しかないと思えた。
そして踊りのあとに・・・。
真骨頂で魅せる・・・!
いごっそっ・・・!
『塩バターラーメン(大盛)』
<うわぁぁぁ・・・!
ネットで見た通り・・・期待通りの・・・!>
圧倒的・・・!
攻撃力っ・・・!
<ネギダクが織り成す緑の絶景・・・!
岩みたいに大きいバター・・・!>
ありがたいっ・・・!
ありがたいっ・・・!
ネギ軍団の下にあると思われる麺を、
箸で掴もうとした。
だが実際に取れたのは麺ではなく、
アメリカ大陸のように広大なチャーシュー。
<チャーシューも入っていたのか・・・!>
見えないっ・・・!
この一杯・・・内部がどうなっているのか見えない・・・!
ネギが多くて・・・掻き分けないと見えないっ・・・!
嬉しいっ・・・!
なんだか嬉しいっ・・・!
アッサリした塩スープ。
草原を駆ける馬のごとく、軽やかに喉を通って胃に落ちる。
それを飲み干して、
再び行列が出来始めた「いごっそ」を足早に出た。
帰路。
寄り道して、
デザートを食べた。
『安芸・グループふぁーむ』
『焼きナスのアイス』
本当に焼きナスの味がした。
焼きナス独特の香ばしい匂いだって、ちゃんとする。
焼きナスをアイスにしたら、おそらくこんな味だろうな、
と想像する以上に・・・焼きナス。
美味いっ・・・!