「ばかぼんうどん」は閉店されました。おいしいうどんをありがとうございました。
駐車場から道路を渡って「ばかぼんうどん」の戸を開けた。
戸に付いたガラスが"カタカタ"と鳴る。
初めての店。初めて入る空間。初めて聞く店主の声。
店の奥の席に座ったお婆さんが店主と話をしている。
何人かが座れるテーブル席がいくつかある。
カウンター席は、2席だけ。
<俺・・・1人だからカウンターへ行ったほうがいいよな・・・>
初対面の店主といきなりのカウンター勝負。
<サ・シ・う・ど・ん>と私は思った。
カウンターと、その向こう側の厨房を仕切る一段高くなった部分には、
パック詰めされた「いなり寿司」が、いくつか並べられている。
<美味しそう・・・!>
しかし私は食べない。
座って店内の空気感を確かめていると、店主が水とお茶を持ってきてくれる。
<液体が両方くるパターン!このパターンは生まれて初めて!
まるで水がお茶のチェイサーのようだ・・・!>
私はメニューを開いた。写真が入ったわかりやすいメニューだった。
「釜玉」などもあったが、基本的に"かけ出汁"が入ったうどんが多いメニュー構成。
店の名を冠した謎メニュー「ばかぼんうどん」もあったが、
私は「肉うどん」を注文した。
「"ばかぼん"は肉うどんが好き」
と、ここに何度か来たことがある知り合いが言っていたからだ。
テレビの音声だけが、BGMのように流れる店内。
その中で、しばらく待っていると、予想外のものが現れた。
「はい!これ先にちく天!」
と店主は言って、ちく天が乗った皿をカウンター越しに差し出した。
<ちく天・・・!?
ちく天なんて頼んでないぞ・・・!>
先に食べていてくれ、みたいなことを店主は言う。
<サービスなのか・・・!?>
と私は思った。<わからないけど、まぁいっか>
店主が私の注文を勘違いしているとは思えなかった。
勘違いしているような雰囲気ではない。
それから少しして、店主が私の目の前に"それ"を置いた。
かけ出汁と肉の煮汁の香りが混じりあって漂ってくる。
<これが・・・"ばかぼんの肉うどん"・・・!>
私は割箸を手に取った。<甘い香りがする・・・!>
麺を箸で挟んで、麺の形状を確かめる。
確かめて、口へ運ぶ。甘い香りが鼻に抜ける。
<香りとはウラハラに・・・>
と私は思った。<味は意外と甘くない・・・!>
サービスなのか何なのかよくわからない、ちく天を食べる。
<ねじ巻かれている>
と私は思った。ちく天の形状のことである。
他店では、縦半分に切った形や、1本丸々の場合もあるが、
とにかく"ばかぼんのちく天"は、"ねじ巻きちく天"だった。
私は"ねじ巻きちく天"を噛んだ。
すると中から液体が・・・上質の肉を食べたときみたいに溢れ出してくる。
<油が旨い・・・!>
かけ出汁を衣に含ませると、
さらに上がる、攻撃力。強力!
やがて私は食べ終えた。
カウンターの端に置かれたレジにて会計する。
<ちく天・・・サービスだったのかな・・・>
と店主を前に私は思った。<それだとしたらお礼を言っておかないと・・・>
テレビのニュースが凄惨な事件の発生を伝えている。
そんなことは別の世界で起きているのではないか、
と感じるほどに、穏やかな時が流れる"ばかぼん"の店内。
「ち・・・ちく天・・・ありがとございます・・・」
と私は店主に礼を言った。
「あぁ・・・」と店主は言った。
「ちく天は、元からうどんに付いてますのでね」
「あっ!そうなんですか!」
と私は言って笑った。
「はい」
と言って店主も笑った。
そうか、そうだったんだ。
ちく天つきのうどん、だったんだ。
◆ ばかぼんうどん
(高知県高知市南河ノ瀬町197 )
営業時間/11:00~15:00
定休日/水曜日
営業形態/一般店
駐車場/有(道路を挟んだ店の向かい側)
『ばかぼんうどん』の場所はココ!