駐車場を出て、暗い夜道を足早に歩く。
時刻はすでに20時を回っている。『絵金祭り』は21時までだ。
<予想はしていたけど、遅くなったな・・・>
このごろの僕は忙しい。
「むしろこれは桃です」などと、わけのわからないことを言いながら、生姜の写真を撮らなければならなかったりするからだ。
寝起きの馬ぐらいの速度で歩いて歩いて、やがて赤岡町の商店街に到達すると、設置された提灯や照明の効果で一気に周りが明るくなった。
その明かりの中にたくさんの人がいる。
僕は他人とぶつからないように注意しながら、なおも足早に歩く。
<大丈夫かな・・・まだ麺・・・あるかな・・・>
『絵金祭り』というぐらいだから、本来の祭りの主は「絵金」なのだろうし、僕もゆっくり現代に残る芸術を眺めてみたいところだけれど、そうはいかない。
早くしないと、麺がなくなる恐れがある。
あるいは、すでになくなっているのではないか。
不安が足のつま先から、脳を目掛けて這い上がってくる。
そんな中、ふと絵金祭りの開催が2日間あることを思い出す。
<もし、なくなってたら明日また来ればいいじゃん>
そう自分に言い聞かす。だがその考えも即刻消える。<ダメだ・・・明日は今日よりもっと忙しい、今日よりもっと遅くなる・・・>
やっと『たいびんび』の前にたどり着いた頃には、20時20分をすぎていた。
中で忙しそうにしている山雀さんの姿が外から見える。
<麺まだある・・・!?>
自分と「たいびんび」のあいだを通過する人々の群れの隙間から、背伸びして確認するが、わからない。
僕はそのまま「たいびんび」に突入する。
「こんばんは・・・」
山雀さんに恐ろしく低い声で挨拶する。元々低い自分の声が普段よりもさらに低いように感じられて、自分でも驚く。これは緊張しているときの自分の声だ。
<あかん!俺ちょっと緊張してる!>
と僕は思った。そして言葉が出てこない。<あれ・・・声が・・・遅れてすら・・・出てこないぞ・・・!>
若干、いっこく堂・風味だ。
オーナーの「たいびんび」さんもいらっしゃる。
僕はやはり、いっこく堂風味で挨拶する。
ちょうど座敷が空いているから、そこで少し待っていてくれ、と山雀さんは言う。
犬のように素直に人の言うことを聞く戌年である僕は、言われたとおりに座敷で待つ。
<ドキドキするなぁ・・・>
まるで衣をたっぷり付けたナスを、沸いた油の中に投入するときみたいな気持ちだ。
<やっぱり緊張するなぁ・・・>
まるでエリザベス女王と初めて会食をした夜みたいな気持ちだ。
そして現る。
『背すじも凍る?絵金うどん』・・・!
<本当だ・・・!>
事前に山雀さんのブログの画像で拝見していたとおりだ。<出汁が黒ぉぉぉいっっっ・・・!>
俺が今夜「絵金祭り」にきた最大の目的・・・!それがこの黒いうどん!背すじが凍るうどん!これだけは是が非でも食べておきたかった・・・!だってこのうどん・・・!おそらくは今日と明日の絵金祭りでしか食べられないんだよ・・・!つまりはファーストチャンスにしてラストチャンスッ・・・!それを掴むしかないと思い始めたときから俺は夜も8時間しか眠れずこのうどんのことばかり考えていた!俺は掴むしかなかったんだ!俺は遇機を・・・!この手で・・・!何が何でも掴み取るしかなかったんだぁぁぁっっ・・・!!(言いたいことを言ったので、だいぶスッキリしました)
早速、その黒い出汁を麺に絡ませて食べる。
「あ!美味しい!」
自然に声が出る。「でもこれなんやろ、イカスミ?」
さらに食べてみる。
<けど、イカスミパスタの味とも違う・・・>
僕は、はんなり口調になる。<せやけど、もしこれがイカスミやとしたら、他にも何かいろいろ入れてはるんやろなぁ>
麺の上にトッピングされていたトマトを何気なく口に運ぶ。
噛む。固い。歯応え強め。そしてえらく冷たい。
その冷たさは電流のように僕の背すじを駆け巡る。
まさに・・・。
背すじも凍る冷たさ!
<というより・・・俺の背すじが凍る以前に・・・元々、凍ってるんだ・・・>
カキーン・・・!
カキーン・・・!
<トマト・・・!凍ってる・・・!
トマト・・・!凍ってる・・・!>
圧倒的・・・!
氷結っ・・・!
凍ったトマトはシャーベット、あるいは、にぎり寿司のネタの下にあるもののように、シャリシャリしていた。
「いっぱい食べて大きくなります理論」でいくと、うどんだけでは大きくなれないので、さらに「中日」も食べる。
『背すじも凍る?絵金ちゅうにち』
うどんの出汁に中華麺を入れて食べる、中日。
その・・・「背すじも凍るバージョン」
うどんが山雀さんによる幻の手打ち麺ならば、中華麺は夜須町の「ヤ・シィパーク」内にあるお店、『うーどる』さんの作品らしい。
こんなことをあまり言うと、まだ食べたことがない方に対して「うーどる」さんのハードルを上げてしまうので言わないほうがいいのだろうが、「うーどる」の中華麺は美味しくて、美味しくて、美味しいことを僕は知っているので、「うーどる」の中華麺は美味しい。期待大だ!だって「うーどる」の中華麺は美味しいもん!と食べる前からワクワクしていた。
いざ箸を手に持ち、その中華麺を黒い出汁に絡めて口へ運ぶ。
「あ!美味しい!」
とまたサバンナ並みの自然さで声が出る。「さすがや!うーどるさん!うーどるの中華麺は美味しい!」
本当に美味しかった。
冷たくしているからだと思うけれど、以前に「うーどる」で食べた温かい中日と、麺の感じがまた違って弾力強め。
山雀さんの黒い特製出汁と、うーどるさんの中華麺。
<圧倒的コラボ・・・はんなりしてますわぁ・・・>と僕は思った。
最後の1滴まで飲んで完食。
店を出る前に、山雀さんに黒い出汁の正体を訊くと、やはりイカスミだと教えてくれる。
そして炸裂する山雀さんジョークの連打に笑いながら、外に出る。
終了時刻が間近に迫ってきたけれど、絵金祭りはまだまだたくさんの人々で賑わっている。
僕はカキ氷と「たいびんび」の前で買った「うーどる唐揚げ」を、会場で食べてから家路に着く。
絵金の絵は、闇夜の中でロウソクの灯りに照らされ、あやしさと美しさをゆらゆらと魅せ続けていた。