<まいった・・・少し飲みすぎた・・・>
追手筋の、いわゆる"飲み屋街"から南へ歩く。
数時間前に日付けを変えた街。人通りは少なく静か。
生暖かい空気の中で、ネオンサインが明るくも寂しげに光っている。
堺町の電車通りへ出る。
広い道の両脇にタクシーが数台停まっている。
走っている車はわずかだ。
電車通りをテクテク渡る。
<やっぱりまだやってた・・・>
私は暗闇の中で赤く光る看板を見つけて、安心した。
街で飲んだあと、この店の看板が点いているのを何度か目にして、私はいつも気になっていた。
そして、おそらく夜にしか営業していないその店に、いつか入ってやろうと企んでいた。
『ラーメンたんぽぽ』の店内は、おおむね想像していた通りだった。
<男はこういう雰囲気好きだよな・・・>
壁に貼られたメニューを書いた紙は、すっかり黄色く変色している。
だが男は・・・少なくとも私は、こういう雰囲気が好きだ。かなり好きだ。
釜玉うどんと同じぐらい好きだ。
紙に書かれたメニューは様々で、一品料理やご飯ものもある。
『エイのヒレ』という食べたことがないメニューに目を奪われていると、店主がコップに水を入れて持ってきてくれる。
<おそらく俺のオカンよりは、だいぶ年上、オビ=ワンよりは年下・・・かな>
と私は勝手に店主の年齢を推察した。
<"ラーメンたんぽぽ"だから・・・>
私は目の前の水を一口飲む。水は喉を通って胃に落ちる。<やっぱラーメンを食べときたいな・・・>
『ス・ルラクセ』で、いろいろ食べてきたあとだった。
あれからBARのハシゴをして、数時間が経っているとはいえ、それほどお腹は減っていない。
<でもラーメンは別腹だ・・・!飲んだあとの締めにラーメンを食べるとき・・・!それはそれは幸せな時間だ・・・!こんな幸せ・・・!そんじゅそこらにゃ落ちてねぇんだよッッッ・・・!>
「むしろ飲んでいるあいだの時間は、最後の締めを盛り上げるためのプロローグである」
気が付くと、私はまた名言を吐いてしまっていた。
「農業界のニーチェ」だとしか思えない。
カウンターにいる店主に注文を伝えて、しばらく待つ。
現時点で186巻ものコミックが発刊されている「こち亀」が、本棚に何冊も入っている。
<何巻まであるんだ・・・もしかして全巻・・・揃ってるの・・・?>
本棚に目を凝らしたとき、店主が器を手にやってきた。
<おおお・・・ええですなぁ・・・>
私は店主が置いていった『ミソラーメン』を前に、昼下がりのお爺ちゃんみたいに微笑んで、箸を割る。
あぁ・・・それにしても・・・!
ありがたいっ・・・!
<麺がプリプリだぁっ・・・!>
麺を食べる。スープを飲む。飲みながら、またしても昼下がりのお爺ちゃんみたいに思う。
<ミソスープが胃に沁みるねぇ・・・!>
だけどラーメンだけでは、大きくなれるか不安だ。
万が一、大きくなれない、ということがあってはいけない。
そこで、さらに『やきめし』も食べる。
銀の匙・・・シルバースプーンですくって口へ運ぶ。
<これは・・・たしかに"やきめし"だ・・・!>
と私は思う。一般的にパラパラしたごはんが好まれる"炒飯"とは違う。<ちょっとだけ・・・懐かしい雰囲気・・・>
子供の頃にヨーダ(今は亡き曾祖母)が作ってくれたみたいな・・・。
「やきめし」のシッカリした味が、私の口の中を満たしていく。
それから残ったミソスープを飲む。器の中にあった麺は、すでに無い。
<なにか・・・味を超えたものがあるねぇ・・・>
私はスープを飲み干して、両手で持った器をテーブルに置く。<一瞬、時空も超えたねぇっ・・・!>
「ラーメンたんぽぽは・・・タイムマシンか・・・!」
私は舌代を払いながら、店主にテレパシーを送った。
<未来で・・・また来ます・・・>
こういう風に言うと、私がまるで未来からやってきた未来人であるかのようだ。
だが、「未来でまた来る」
それは当たり前のことだったりもする・・・。
◆ ラーメンたんぽぽ
(高知県高知市堺町4-9)
営業時間/19:00~5:00
定休日/不明
駐車場/無(近隣に1時間100円のコインP多数)