「ここだ・・・」
エンドウが指差す黒塗りの店の前に、私は車を停めた。
「ホルモン工房・恵屋、それがこの店の名だ」
車から降りようとする直前に、エンドウはそう言った。
「それじゃ、ワタシはここで・・・」
「ここで・・・!?」てっきりエンドウも一緒に焼肉ランチを食べてくれるものだと思っていた私は驚きを隠せなかった。「奢ってくれるって言ったのに・・・!」
エンドウは私に千円札を差し出した。
「焼肉ランチのデータ、期待してるぞ」
彼はそう言うと、何処からともなくやってきた黒塗りのメルセデスベンツの助手席に乗り込み、去っていった。
カウンター席が数席ある。
そのカウンター越しに男性と目が合う。
男性は「いらっしゃいませ」と言う。
私は合っていた視線を瞬間的にそらす。
<なんだか恥ずかしい・・・!>
しかしその恥ずかしさを表に出してはいけない。私は31歳だ。31年間、世の中の修羅場をくぐってきた大人、真人間を装わなければならない。
私は昼下がりの猫みたいに、凛と澄ました表情を作るように心がけた。
澄ましきっているその様は、まるで「澄まし汁」だと自分でも思える。
奥にテーブル席が4組ほど見える。
<澄ました俺は・・・澄まし汁・・・>
わけのわからないことを考えながら、隅の席に腰を下ろす。
<これ全部注文可能なのかな・・・>
メニューを見て私はそう思った。<焼肉屋のランチってメニューが数えるぐらいしかないイメージだったけど・・・>
それはランチ限定メニューではなく、カルビやロースなどの記載もある普通のメニューだった。
<昼間から生ビールをジョッキで煽りながら、肉を焼いたら最高だろうな・・・>
と私は想像した。想像しただけでヨダレが滴った。でも高級な軽自動車に乗ってきているので我慢する。
アルチューの血が騒ぎ、悶々としていると、先程の男性が水を持ってきてくれる。
<でかっ・・・!>
私は驚いた。<水が・・・水がーーーッ・・・!>
ジョッキで現る・・・!
生チュー!否・・・!生水チュー!!!
<これだけあれば、ゲロッゲロッ言うほど水が飲める・・・!>
私はジョッキを手に取ると一口飲んだ。氷が入っていて冷たい。<ありがたい・・・!いやぁ!ありがたいっ・・・!>
メニューには「ホルモンうどん」や「テールスープの塩ラーメン」などという、誰が見ても私を狙い撃とうとしているとしか思えない記載もあり、体毛が抜けるほど悩んだ。
<自分がいったい何を食べたいのか、さっぱりわからない・・・>
そして悩み疲れた。<ま・・・まぁ、とりあえず定番にしておこうか・・・!明らかにお得な値段設定になっている雰囲気だし!>
目に力を篭める。
<振り向いて・・・!こっちを・・・ボクを見てッ・・・!>
店の男性の背中に念力を送る。
すると男性はコチラを向いた。
すかさず「すすす・・・炭火焼肉ランチを・・・」と蚊の羽音ほどの声量で言う。
男性は「はいよー!」みたいな雰囲気で、早速何かの作業に取りかかる。
やった・・・!やったのだ・・・!
念力は成功したのだ・・・!
私は、にんまりしながらジョッキの水を一口飲んだ。
(後編へ続く・・・!)