梅雨の合間の蒸し暑い日だった。
車を降りた瞬間から降り注いでくる太陽光線に、私は顔をしかめ、声を漏らした。
「暑い………」
「おおつ製麺」に来るのは、セルフうどん屋としてオープンした当初以来、数年ぶりだった。
<いま…どういう風になってるんだろう……>
一時期、休店や再開を繰り返し、ラーメン屋になったり弁当屋になったりしていた大津製麺。
その間も興味はあったけれど、業態の変更があまりにも頻繁で、なんだか行きづらかった。
しかし、このところ、またうどんを主体に営業されているようだ、という話を聞いていた。
<前と同じ…セルフ方式なのかな……?フルサービスに変わっているという可能性だってないこともないだろうがっ……!>
店に入ると正面にメニューが貼ってあって、カウンター越しにおばちゃんが立っていた。
<あぁ……セルフかっ……!>
小学1年生だった子が高校を卒業するほどの期間、私はうどん屋に通っているのだ。
当然、メニューとおばちゃんの位置関係で、営業方式など瞬時に判別できる。
暑いので、かなり冷却する必要があった。
「冷かけの大と、ぶっかけの中!」
冷たいうどんを2杯ほど頼んだ。これで圧倒的に冷却できると確信した。
<天ぷらとか…トッピングは何処に……>
セルフレーンを見渡しても天ぷらの姿は見えない。目の前にトッピングを書いた紙が貼られている。
<トッピングもここで注文するの……⁉︎>
(行った時間が昼すぎだったので、もしかすると早い時間帯ならば、トッピングもセルフで取る方式なのかもしれない!)
ふむふむと張り紙を見ていると「大海老天」という記載が目に入った。
<150円か…大体どこもエビ天って高いんだよなぁ……>
うどんのトッピングに150円は贅沢。
確実にバチが当たる。店を出たコンマ5秒後に犬のウンコを踏むのは間違いない。
食べたくても食べれない、それがエビ天。
<ここは…いつものようにゲソ天で我慢しておこう……!>私は必死で自分に言い聞かせた。<いいや…これは我慢じゃない!俺は元々ゲソ天が大好きで…ゲソ天を心の底から愛してるんだっ……!>
だが次の瞬間。私は戸惑った。
ゲソ天が120円!
大海老天が150円!
そんなことがあっていいのかよ………!
30円しか変わらないっ!
通常よくあるのは、ゲソ天100円、エビ天150円というパティーン。
しかしこの局面、ゲソ天120円!エビ天150円!ゲソ天120円!エビ天150円である!
決壊っ!
私の中の贅沢を堰き止める理性が崩れ落ちた。
50円差だったらまだしも…30円だっ!
俺だって社会人だ…仕事もしてる!働いてる!30円ぐらい出せる!出しおおせるっ!
もうダメ。おばちゃんに注文する。
「エビ天と……それから…」タガが外れた「ちく天……!」
少し待っていてくれ、と言われて席で待つ。
窓から広い田んぼが見える。緑色した稲が風に揺れている。
おばちゃんに呼ばれて、カウンターまでうどんを取りに行く。
ネギや天カスや生姜は、自分で入れる方式だった。
「ぶっかけ(中)」から食べる。
瞬間、衝撃っ!
<麺の雰囲気が以前とまったく違う……!>
さらに「冷かけ(大)」
<やっぱり麺が……麺がぁぁぁ……!>
なんだろう………!
久々に、おっ!てなるこの感じ……!
麺がぶにょん!ぶにょん!してる!
そして大奮発して注文した、大海老天に箸を向ける。
ぶわっ!
エビ天から………!
旨味を吸った油と出汁が………!
飛び出してきたっ………!
エビがブリンブリン………!
<出汁が……出汁がまた………!>
出てるんだよっ!
未曾有の大奮発の見返り、強烈。
<正直…前のおおつ製麺…個人的にはそれほどでもなかった…!でも今日のおおつ製麺……!おおっ…!ってなった…!おおっ…おおっ…おおつ製麺!ってなった……!>
驚きながら食べる。
なんだか嬉しい。
ぶにょんぶにょんの麺。ぎゅんぎゅんの出汁。プリプリのエビ。