国道沿いにある小さな看板に「つけ麺」と書いてあることに、初めて来たときに気が付いた。
<看板に書いてあるくらいだから、つけ麺も美味しいのかな…?>闇夜の中に赤く光る看板の文字を見て思った。
香南市野市町にある『マルトクラーメン』を再訪したのは、それから数ヵ月後のことだった。前回とは違い、昼営業を狙った。
夜に来たときと同じように、若者を中心に男性客が多めの店内。カウンター席がたくさんあるので、一人で来ても座りやすい。
それでも私は怖かった。
<大丈夫か!俺…!大丈夫かっ…!>コミュ障にしかわからない不安に駆られていた。
リラックスしているとしか思えない雰囲気を醸し出して、空いているカウンター席を探す。もちろん本当はビビリまくっている。
三席ずつ四組ほど設けられているカウンター席。空いている組はないが、その中でも最も人が少ない組を選んだ。スーツを着たサラリーマン風の客とは一席あいだが空いている組だった。これならコミュ障でも辛うじて大丈夫だ。
注文はもちろん「つけ麺」大盛にした。
並盛でもよかったのだけれど大盛にしたのは、前回来たときに、トッピング、あるいは大盛が無料になる券を貰っていたからだった。トッピングはいらなかったので、食べなきゃ損だ、と思った。
大きくなってしまう危険はある。でもこの一局だけなら許される。きっと、きっと大丈夫。
だが、そんな気持ちは数分後に打ち砕かれる。
「うげっ!」
そのビジュアルに私は驚愕した。
「マルトクラーメン」のつけ麺、二玉の「特盛」ではなく、一.五玉の「大盛」にしたにも関わらず、一瞬怯むほどの攻撃力。
三十を過ぎてから代謝も悪くなっているが、食べれる量自体が減っている。<食べきれるかな……>不安に思った。「大盛」を自分で注文しておいて残す。それは絶対にやってはいけない行為だ。
そびえ立つ山。
未知への挑戦。麺に対する期待と、己に対する不安が交錯する。
でもやるしかない。
この山を前にしたら最後…!食べることでしか俺は俺の存在価値を証明できない…!
<重い…麺が重い……!>
箸で麺を掴むも、麺同士が絡まり合っている。さらにその上に載っているモヤシが漬物石のような役目を果たし、麺に蓋をしている。取り出せない。
指先に力を入れて、麺を力ずくで奪う。つけダレに放り込む。
つけダレを浸けて引き上げた麺には肉眼で判別できるほど、大量の刻みニンニクが付いている。
口に入れる。次の瞬間、ニンニクの香りが口の中を制圧する。
<すごい食べ応えだ!>
極太の麺は力強い食感と舌触り、喉越しを生み出す。
麺を浸けては食べ、浸けては食べ。
口に入れて噛むごとに、強烈にニンニクが香る。
ニンニク畑でもこんな匂いしねぇぞ!
このあとすぐに人と話すわけにはいかない。チューもしちゃいけない。車にガムがあったな。ブレスケアは家に置いてきてしまった。
自分で自分の吐く息が、通常では考えられないほど臭いのがわかる。
しかしもう遅い。<どうせ俺は臭いんだ!>
全力を尽くして、つけ麺の山を踏破する。
食べる。食べる。黙々と食べる。
食べるごとに手の指先から足のつま先に至るまで、ニンニクのパワーが行き渡り、みなぎってくるのを感じる。
今夜は眠れそうにない。
◆ マルトクラーメン
(高知県香南市野市町西野2217)
営業時間/
11:00~15:00
17:30~22:00
定休日/水曜日
駐車場/有