駐車場に停めた車の中で雨が小降りになるのを待っていた。土砂降りの雨だった。
世界中を涙で埋め尽くすように雨は降っていた。空は何が悲しいのだろう。悲しいときは、うどんを食べればいいのにね。
<止まないなぁ…>しばらく待っても状況は変わらない。
私は電柱の陰から飛び出す子猫ちゃんのように、車のドアを開けて走った。
五、六年ぶりに、『肉入りしょうゆ』で有名な『やすきや』の暖簾をくぐった。
相変わらず、お客さんが入っていて店内には活気がある。甲子園球場で行われる「阪神×巨人」戦みたいだ。甲子園といえば「青リンゴ酎ハイ」だが、ここは甲子園ではないので「青リンゴ酎ハイ」はない。たぶん。
<あった、あった…>
私は目的のものを見つけると、すぐに注文した。
『かすうどん』が『やすきや』にあると知人から聞いたのは、ほんの数日前のことだった。
今年の春、兵庫県に行ったときに、たまたま入った「かすうどん」を売りにしているチェーン店のうどんがえらく美味しくて、「高知には"かすうどん"を出す店があんまりないんだよなぁ」と知人に話していた。
それを覚えていた知人が『やすきや』で発見して教えてくれたというわけだ。
ありがたいねぇ、と放心していると、店の人が『かすうどん』を運んできてくれた。それを見て、"大盛り"にして良かったと思った。
出汁の中にプカプカと浮かぶ茶色い物体。これが"かす"。牛腸を揚げたもので、今回一番の注目株だ。ドラフトで他チームと競合した場合には、裏金を積むと見せかけて生姜を積む用意すらある。
<すごいなぁ…すごいなぁっ…これっ…!>
どう見ても美味しそうだった。私ほどの達人になると、見た目だけで大体わかる。
<俺…"やすきや"のかけ出汁を飲むの、初めてかも…>
『やすきや』というと、やはり『肉入りしょうゆ』の印象が強い。
「ぐふっ…!ぐふっ…!」
私は念願の『かすうどん』を前に、不気味な笑い声を発して喰らいついた。
<うわぁっ…麺がブルブルだぁっ…!>
そのブルブルのあとを出汁が追いかけてくる。
<どうなっているんでしょうか!これはっ…!飲んだことがないような出汁だ!>
"かす"の脂が溶け出した出汁は、未知からの来訪者。未確認生命出汁だった。
<ドンブリは、UFOだったのかっ…!>
段々混乱してきて頭が真っ白になってきた。
<この未確認生命出汁…いくらでも飲めちゃうっ…!>
『やすきや』の『かすうどん』。その出汁は吸い込まれた。
私の胃袋という、ブラックホールに……。
◆ 麺処 やすきや
(高知県高知市鴨部3丁目34-7)
営業時間/11:00~14:00
定休日/木曜日、第2第4水曜日
営業形態/一般店
駐車場/有