洋食屋 SWEET BASIL (スイートバジル) 「すぱまき取りクロニクル」

2014.10.11

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洋食屋 SWEET BASIL (スイートバジル) 「すぱまき取りクロニクル」

2014.10.11

台所でうどんをゆでているときに、電話がかかってきた。私はAM放送にあわせて石川さゆりの『天城越え』の序曲を口笛で吹いていた。うどんをゆでるにはまずうってつけの音楽だった。

電話のベルが聞こえたとき、無視しようかとも思った。うどんはゆであがる寸前だったし、石川さゆりは今まさにその歌声を、さゆり的ピークに持ち上げようとしていたのだ。

しかしやはり私はガスの火を弱め、居間に行って携帯電話をとった。ハルキがノーベル賞を逃したことで、私のところに選考委員会から電話がかかってきたのかもしれないと思ったからだ。

「スパゲティーを巻いてきて欲しいの」唐突に女が言った。

それは知らない声だった。「え?スパゲティー?」と私は戸惑って尋ねた。

「あなたはいつも馬鹿みたいに、うどんばかりばかり食べに行っているわね。最近はラーメンもよく食べに行っているみたいだけど。馬鹿みたいに」と女は言った。低くやわらかく、豆腐のような声だ。

「馬鹿みたいって…」
「馬鹿じゃないの」
「まぁ…」

否定せずに、私は菜箸を取った。うどんの鍋からは白い湯気が立ちのぼり、石川さゆりは天城峠を越えつづけていた。

「悪いけど、今うどんをゆでているんです。あとでかけなおしてくれませんか」

「うどん?」、女はあきれたような声を出した。「朝の十時半にうどんをゆでているの?」

「あなたには関係のないことでしょう。何時に何を食べようが僕の勝手だ」、私はちょっとむっとして言った。

「それはそうね」、女はスルメみたいに乾いた声で言った。「まぁそんなことはどうでもいいわ。とにかく…」女は軽く息を吸い込んだ。

「スパゲティーを巻いてきて欲しいの」

「どうしてそんなふうにして僕にスパゲティーを巻かせたがるんですか?」私は携帯電話を持っていないほうの手、右手を欧米じみた雰囲気で大きく開いた。

「聞きたい?」
「うん」

「私はイタリアのスパゲティー超絶振興協会所属、コードネーム、"パスターラモ"。ジャパニーズヌードル派のあなたを、イタリアンヌードル派に取り込もうと、飛行機に乗ってビューんって、わざわざやってきたのよ。だから大人しくスパゲティーを巻きに行きなさい」

「そこまでして来てくれたんだったら、巻かないわけにはいかないな」事情を説明されて納得した。巻く気になってきた。「このあいだランチに行って美味しかったあの店にまた行こうかな。今度はディナーで」

「巻いてくれるのね。良かった。安心したわ」豆腐みたいな女の声がさらにやわらかくなった。もはや絹ごし豆腐だ。「それじゃ私はイタリアに帰るわ。よく考えたら電話で済むなら日本まで来る必要なかったわね」

私は笑った。女も軽く微笑んだようだった。

電話を切る直前に私は言った。
「このパロディの元ネタをスパゲティー超絶振興協会の人たちにもわかってもらえるかな」
「さぁ、どうかしらね」

スイートバジル1

香南市野市町にあるスパゲティーの店『スイートバジル』に、井戸の中から壁をすり抜けてやってきた。これにはきっとハルキもビックリだ。

周りの住宅街は街灯の灯りがポツリポツリとあるだけで闇に覆われてヒッソリとしている。その中でここだけが明るく光っている。

この界隈にスパゲティーをメインで扱っている飲食店はなかなかない。そういう状況下で、朝も昼も夜も営業してくれている。ありがたいなぁ、と私は思った。

店の人に気付いてもらえるように、わざとバタバタと足音を立てて入店した。すぐさま気付いてもらえたようで良かった。

夜でもなかなかお客さんが入っている。忙しそうに動き回っている店の人を呼び止めるのに苦労したけれど、全身でオーラを発して何とか呼び止めて注文することに成功した。

スイートバジル6

『海物語』というシーフードスパゲティーを大盛で注文した。大きなエビとアサリとイカが入っていて、麺に明太子が絡まっている。

「エビがプリンプリン!」食べて驚いた。エビが、ちょっとしたプリンみたいにプリンプリンなのだ。

それでいて、スパゲティーは………。

スイートバジル7

圧倒的…!
アルデンテっ…!!

イカも、いイカんじだ。

しかし若干の塩分で、若干、喉が渇く。
<あぁっ…!もうダメだっ……!>

スイートバジル3

生ビール、降臨!

スイートバジル2

なんと!一杯!三百五十円!
この破格、我慢できるかっ…!!

スイートバジル4

おつまみに『カリカリベーコンとツナエッグサラダ』
『スイートバジル』自家製のタバスコをかけて食べる。

「タバスコにニンニクが効いていて、ビールに合うっ…!」大興奮。テンションが上がってきた。「さらにもう一皿、巻こうじゃないか!」

スイートバジル5

『赤ひげおじさんのカルボナーラ』も注文。
「濃厚!クリーミー!いかにも赤ひげおじさんって感じだっ…!」

食べ終えてから、私はグラスに口を付けた。しかしその中には何も入っていなかった。それはまったくの"空っぽ"だったのだ。テーブルの上に残されたのは、ただの空っぽのグラスだったのだ。

「ビール無いねぇ」と私は涙目で言った。「ビールもう無いねぇ」

スイートバジル1

◆ SWEET BASIL (スイートバジル)
(高知県香南市野市町みどり野3丁目58)
営業時間/
9:00~15:00(11:00までモーニングタイム)
17:00~22:00
定休日/火曜日
駐車場/有(店先のほかに南東などにも有)

↓ 今日は納豆を押していってね!