珍しく青空が広がっていた。
今年の梅雨はよく雨が降る。
連日の曇雨天(どんうてん)。
去年は8月に入ってから毎日のように雨が降って、
生姜畑が冠水した。
冠水した水の中を泳いだ細菌は、
畑じゅうに蔓延。
生姜は細菌にやられ、病気に感染した。
病気に感染した生姜は腐った。
細菌が蔓延した畑では、数年間、生姜は作れない。
それでも単価の上昇が支えてくれ、
なんとかなりはした。
しかし、あのような状況に再び陥りたくはない。
これほど雨が続くと、
今年も去年みたいになるのではないかと不安になる。
まぁそんなことを、いま考えなくてもいい。
とりあえず行こう。
せっかく伊野まで来たのだから。
『美味しんぼ山岡』
民家を改装したみたいな造りで、
厨房と客席が別々の建物に分かれている山岡。
客席へ続く、厨房前の細い通路を抜けていると、
中華麺が湯がかれたとき独特の香りが漂ってきた。
<いい匂い………>
苦手な人も多いように思う香りだけれど、私は好きだ。
靴を脱いで客席へ。
相変わらずユニークな名前が並ぶメニュー。
最初から決めていた『和風タンたん麺』を注文。
「味噌と醤油があるけど……」
と訊く店のおばちゃん。
「味噌で………!」
「ニンニクは………」
「入れてください……!」
「量は普通でえい?小もできるけど…」
「普通でいいです…!」
むしろ……「たしか大盛はできんがですよね?」
「うん、大盛はできん……」
数年前、初めてここに来たときに食べたものと同じ。
野菜が多すぎて大盛不能の、
あの担々麺をまた食べたかった。
家から遠い『山岡』には毎回来るたび数年ぶりで、
今回も去年4月以来のはずだけれど、
いつも久しぶりに来た感じがしない。
それは、その都度の記憶が
強烈に残っているからだろうか。
『和風タンたん麺』
<きたきた………!>
旧友と再会したみたいな気分だ。
<元気だったか!おまえよぉ!>
山岡の担々麺は、
よくある担々麺とまったく違う。
上に炒めた野菜が載っていて、
中華料理店の担々麺のように胡麻感があったりはしない。
味も、他にはない味で、
とにかく野菜がふんだんに使われている。
口の中に充満するヨダレ。
<いただきやす………!>
なぜか江戸っ子口調っ……!
<硬めに湯がかれた麺……!
パスタのアルデンテみたいに……
麺にコシがある…………!>
強烈な辛さはない。
マイルドに攻めてくる。
辛さが欲しい人は
卓上の赤い粉を入れればいいという方式。
赤い粉の隣には、酢が用意されている。
<途中からこのお酢を入れると……
さらにマイルドになることを俺は知っている…!>
半分くらい食べたところで
酢を入れようと思っていた。
がっ……!
しかし、馬鹿っ……!
夢中で食べきってしまい、
気が付いたときには、器の中に麺はなし。
さらにスープも半分飲んでしまっていた。
<なにをやっているんだ俺は……!
お酢を入れてマイルドにせにゃならんかったのに!>
半ばヤケクソで
半量になったスープに酢を投入。
だが、
人は熱くなると失敗する。
入れすぎて酸っぱくなった。
見事な負の連鎖。
しかし失敗を認めるわけにはいかない。
<酸っぱいくらいがちょうどいい……!
食後がサッパリして……こういうのもありだねっ!>
必死で自分に言い聞かすも、
もう一人の自分が、
「ないわっ!」とツッコミを入れてくる。容赦ない。
以下、他メニュー。
『千春さん』
ラーメンと餃子とミニチャーハンのセット。
ラーメンは醤油か味噌か、ざる麺が選べる。
これは醤油ラーメン。
ミニチャーハン。
焼き餃子か水餃子が選べる餃子。
焼き餃子を選択。
漬物も付いてきた。
漬かり具合が絶妙。
漬物を食べると、ニッポンうめぇー!って思う。
とにかく麺のコシがパワーアップされている印象。
本当に「麺が強い!」という感覚。
店を出ると、
担々麺で温めた身体に直射日光が刺さり、
大量の汗が噴き出てきた。
好天の一日だった。
しかし次の日から、また連日雨が降った。
南の洋上から台風11号が近付いていた。