深い絨毯の上を歩いていると、
次第に不安になってくる。
<大丈夫かな………>
普段は場末のうどん屋。
でも今日は違う。
『ザ クラウンパレス新阪急ホテル高知』の一角。
(上記の画像は阪急阪神第一ホテルグループ様のHPから拝借しています)
『鉄板焼 崋山 Teppanyaki KAZAN』
<俺は貴族!俺は貴族っ…!>
自己暗示をかけて入る。
重厚な造りのカウンター。
その上に大きな鉄板が載っている。
カウンターに並行して配置された椅子。
店のお姉さんに引いてもらい、腰を下ろす。
この局面、
すでにわかったことが……。
貴族は椅子を………
自分で引かなくていいっ……!!
<自分で椅子を引くなんて……
所詮は庶民……一般人よのぉ……!
ふはっ………!ふはっ…………!>
すっかり上流階級入りを果たした私は
メニューを開いた。
<おおお…………>
覚悟はしていたので驚かないが、
そのグレードは息を呑むのに充分なものだった。
カウンター上の鉄板を挟んだ向こう側に
白い服を着たシェフがいる。
<ビビッてなんかいない………!
この日のために諭吉を動員してきてんだ…>
先程から、なんだか目の焦点は定まらないし、
集中することができなくてよくわからないが、
コース料理には、
どれも牛のステーキが入っていて、
そのステーキに付ける
もう1品を選べばよいということのようだ。
今日は特別な日。
<エビでもアワビでもなんでも……
って……アワビのコース………
ににに……2万超え………!>
あ…アワビは…やめよう!
アワビ・ダメ・クルシイ……!
エビと迷ったけれど、
結局、白身魚にすることにした。
先程から、
新参者の貴族には慣れない局面が続き、
急激に乾き始めていた喉の上で弾ける泡。
<くわぁぁぁ……うまいっ………!>
生ビールが緊張をほぐす。
ほぐれすぎて酔っぱらってしまいそうだ。
<ほどほどにしておかないと……>
そして最初に出てきた『冷製茶碗蒸し』を頬張る。
近所のスーパーで時々、
100円もしない茶碗蒸しを購入して、
あえてレンジで温めず、冷たいままで食べたりするが、
あれとはまったく違った味わい。
同じ『茶碗蒸し』という食べ物だとは信じられない。
人間にムキムキマッチョと、
私みたいな「お腹に巨大な玉子でも入れてるのか!」
というようなブヨブヨタイプがいるようなもので、
茶碗蒸しの世界にもいろんなタイプがいるのだろう。
新参の貴族として勉強になったところで、
シェフに訊く。
「しゃ…写真撮ってもいいですか……?」
写真がないと屋敷に帰ってから
今日の"おさらい"ができないので困る。
「いいですよ!どうぞ!どうぞ!
どんどん撮ってください!」
二つ返事で了承してくれるシェフ。優しい!
そんなシェフに、
じつは来る前から考えていたジョークを飛ばす。
「すいません!僕ちょっと遠いところから来たんで…」
「あぁそうなんですか!どこの県からですか?」
想定通りの返答をしていただけて、
心の中で、キタコレ!とばかりに渾身のオチを発す。
「えーと、○○市の○○町というところから…」
高知県内の自分が住んでいる市町村名を言ってみるも…。
だ だ す べ り。
<中途半端に本当に遠い辺りも災いしたかな…>
これでは社交界で通用しないのではないかと、
自分のジョークセンスに自信をなくす。
目の前で「ジュージュー」と良い音がし始める。
慣れた手つきで白身魚を焼き始めるシェフ。
<カッコイイ………!>
梅肉が入ったソースに浸けて食べる。
<美味しい!>
レモンだけかけて食べる。
<美味しい!>
なんだかもうとにかく美味しい。
「これはなんていう魚なんですか?」
訊いてみる。
「イセギ」だとシェフが教えてくれる。
「あぁ………」
微笑を浮かべるも、それ以上言葉が出て来ない。
<イセギ…そんな名前の魚、
なんとなく聞いたこと…ある……>
焼いてくれた白身魚が「イセギ」という魚だと知り、
さらにシェフに訊く。
「や…やっぱり季節によって
使う魚が違ったりするんですか?」
普段はコミュ障なのに、
なぜかこういうときだけ、わりと話せる。
「違いますよ、寒い時期なんかは……」
とシェフの話は続く。
異なる職業の人の話は興味深いし、
私は元々食べることが好きなので、
とくに料理人さんの話を聞くは本当に楽しい。
どんな仕事をされている方も…、
例えばビルの清掃員のおばちゃんでも、
医者でも美容師でも花屋でも服屋さんでも、
その道のプロであり、プロの話は面白い。
素人にはできない、
プロのみができる話なのだから。
目の前の鉄板では
シェフが肉を焼き始めた。
いよいよだ。
いよいよメインディッシュがやってくる。
お肉キターーー!
ヒレかサーロイン。
選べる2種のお肉の中から、
若者である私はサーロインを選択していた。
「サーロインはA5ランクです」
とシェフが教えてくれる。(ちなみに黒毛)
<A5…………
用紙のサイズ………ではない………!
MAX……レベル…カンストってことか……!>
無駄だよ、そんな高級ものを食べさせても。
オラぁ大して違いがわかりゃーせん!とも思ったが、
すでに私は貴族だ。
「ふーん、A5ね。よく食べてるよ」
という態度で貴族らしく振る舞う。
ソースは3種出してくれた。
お好みで選んで浸ける。
ソースの内容も説明してくれたが、
阿呆なので一瞬で忘れた。
だが説明を忘れても、
舌の肥えた貴族なので、食べればわかる。
<左端は醤油ベースっぽいな…
真ん中はケチャップベースか……
右端は葉ワサビだな………>
貴族的に
A5ランクの牛なんか食べ慣れすぎていて、
もはやわけがわからないが、ソースの違いはわかる。
それが貴族というものだ。
肉を、付け合わせの野菜を、
組み合わせを変えて、
ソースに浸けて食べてみる。
<右端の葉ワサビベースが一番美味しい!>
一時期、葉ワサビを栽培しようとしたものの、
情緒不安定に陥り頓挫した
自分の黒歴史を思い出したが、美味しい!
<野菜にも……とくに肉によく合う!>
まだ二十歳前後だった頃、
私はよく弁当屋のマグロ丼に、
チューブのワサビを頭が痛くなるくらい
大量に伸ばして食べていた。
好きだ!ワサビ!
告白してしまうほどの旨さ。
サラダは3つのドレッシングから選べる。
貴族の世界では大抵ドレッシングは選択制としたものだ。
私はマヨネーズ系のドレッシングを選んだ。
野菜も炒めて出してくれる。
<あ!平民だった頃によく食べたモヤシだ!>
過去を懐かしむ。
<よくモヤシと豚肉を炒めて食べたものだ……>
しかしいまの私はすでに貴族。
あのような生活をすることは二度とないだろう。
目を細めていると、シェフから、
「これからシャッターチャンスがあるから、
撮りませんか」という趣旨の提案がある。
ありがたいっ……!
なんて優しいシェフなのだろう!
「まだですよ…!」
「は…はい………!」
カメラを構え、待つ。
3
2
1
ファイヤー!
炎上後、焼きあがった肉!お肉!
やわらかい………!
融ける…………!
さらに少しだけ、ヒレも食べさせてもらえる。
<サーロインもやわらかかったけれど…
ヒレはもっとやわらかい………!>
「サーロインはぎゅーーんで、
ヒレは………ぎゅん!だ……!」
と私はシェフに感想を述べた。
シェフは笑っていた。
肉、野菜、肉と、
都合2回来た肉のターンでお腹もいっぱい。
しかしまだこれからが締め。
ガーリックバターライスみたいなものがくるっ…!
赤出汁もくる!漬物もくる!
<すげぇな……貴族の世界………!
稼ぎも胃袋も相当大きくないとやっていけないぜ!>
普段からうどんの特盛で鍛えている私も、
この局面さすがに満腹。
満腹量125%だ。
<このあと飲みに行こうと思ったけれど、無理だ…
もうお腹になにも入らない………>
クールダウンしていると、
デザートがきた。
もう食べれないって言ってんのに……!
って……!
新阪急………!あんた!
すごいな!これ!
ボリュームたっぷり鉄板焼フルコースの結末は、
予想外のサプライズだった。
ありがとう。hiraokaさん。
いただいたケーキは持って帰ってみんなで食べました。
◆ 鉄板焼 崋山
(高知県高知市本町4丁目2−50 ザクラウンパレス新阪急ホテル高知2F)
営業時間/
11:30~14:30(ラストオーダー14:00)
17:30~21:00(ラストオーダー20:30)
定休日/月曜日
駐車場/有