『ディペッシェ』は南国市の高知龍馬空港の南、県道14号、通称「春野赤岡線」と呼ばれる道沿いにあった。
年季が入った落ち着いた雰囲気の店内。
ソファーに腰を下ろし、メニューを見て驚いた。
<メニュー多っ……!>
その品数は洋食を主体に数十種類にのぼる。
パスタが人気だとどこかで見た記憶があったので、『spaghetti』と書かれた項目の中から選ぶことにした。他にも『スズキのオーブン焼き』や『ステーキピラフ』など、気になるものもあるが、また今度にしよう。
<カルボナーラがいいな>そう思ったのも束の間。<おおっ!フィットチーネがある…!>
フィットチーネに目が釘づけになった。
私は常日頃からずっとずっとフィットチーネが食べたかった。しかしフィットチーネは通常のパスタに比べて価格がだいぶ高い。家で気楽に食べられるパスタではなかった。
そんな憧れのフィットチーネが、いままさに目の前に。注文すれば出てくるのだ。王貞治と言えば王貞治が出てくるよ、というのと変わらない次元の話だ。
<そりゃあ貞治頼むでしょう!>
フィットチーネの記載は二種類あったが、迷うことなく『生ハムとカリカリベーコンのフィットチーネ』を注文した。
だが、メニュー名のカリカリベーコンの「ベ」くらいまで発したところで、店の男性が申し訳なさそうに声をあげた。
「今日、生ハムが……」
ガーン。残念。なんと今日は生ハムがないということだ。
仕方がない。ないものはない。
もう一方のフィットチーネは『海老とルッコラのフィットチーネ』だったが、なにかいまひとつテンションが上がらない。
そのとき『オーブン料理』と記載されたカテゴリーに、第三のフィットチーネを見つけた。『クリームソースとミートソースのフィットチーネ』と書かれている。
<オーブン料理のフィットチーネ…?>
メニューには「グラタン風に仕上げた」、とも書かれている。
<おそらく普通のパスタじゃないな…。でもフィットチーネが食べられたら、もう何でもいいや>
それに普段から、うどんでも亜種系の創作うどんなんかわりと好きだ。亜種系のパスタも素敵に思えた。
<亜種を知ってこそ真を知るのだよ…ふぉっふぉ>
『クリームソースとミートソースのフィットチーネ』は、それにしても見た目はまったく完全にグラタンだった。
豚骨ラーメンのスープみたいなクリーム色。
フォークを突き立てると、中から憧れのフィットチーネが出てきた。喜びのあまり、頬が緩む。
<うっひょー!>
食べ盛りの小学生ようにフォークにパクッとかぶり付くと、口の中にチーズの香りが充満する。
<フィットチーネうめぇー!>
平らな表面にソースを載せて、フィットチーネが入り込んでくる。
<濃厚っ!>
次第にミートソースの味と香りもやってきた。
<なんかちょっとラザニアっぽい!>とも思ったが、ラザニアを最後に食べたのは何年も前なので、自分でもよくわからない。
フィットチーネの量はそれほど多くなく、ソースは最後まで綺麗にすくって食べた。よくあるグラタンよりも緩いソースでふんわりしていた。
窓から薄日が射している。置かれた大きな観葉植物を隔てた向こう側の席で、おじさんが片手でコーヒーカップを持ち、新聞を広げている。
私もプラス200円でサラダと一緒に付けたコーヒーを飲んだ。
<きゃー!かわいい!>色つきのイラストが入ったコーヒーカップ。田舎の女子高生のように喜んだ。