「味噌カツラーメン」という食べ物をご存知だろうか。
味噌カツラーメンとは、名の通り"味噌ラーメン"に"トンカツ"がのったラーメン。
もっとも他県のラーメン屋さんのメニューにも"味噌カツラーメン"はあるようで、東京や北海道にも味噌カツラーメンは存在する。
たが、どこのラーメン屋さんでも味噌カツラーメンを見かける、なんてことはないはずだ。
ところが高知のラーメン屋さんにおける"味噌カツラーメン提供率"は、8割を超えている。
割合は竜一の体感だけれど、少なくとも7割2分3厘は超えていて、イチローの日米通算の生涯打率が体感抜きのリアルな数字で3割2分2厘だったことを鑑みても、驚異的な数字といえるだろう(なんのこっちゃ)。
とにかく高知では、多くのラーメン屋さんで味噌カツラーメンを見かけるのだ。
子どもの頃、味噌カツラーメンを初めて見たときの感動は、いまでも忘れられない。
もはや薄っすらとしか思い出せないのだが、ラーメンというご馳走に、トンカツというご馳走がのる光景は圧巻だった。
こんなすごい食べ物が世の中にあるのか、と子どもながらに衝撃を受けた。
住宅街の中華料理屋「吉野園」
これは何年も前の話だ。
どこかで誰かに何かの折に、高知市神田の住宅街に中華料理屋さんがあると聞いた。
「住宅街に中華料理屋が?」
「ほうよ。そこの味噌カツラーメンなかなかうまいでぇ」
「なんて言うお店ながよ?」
「吉野園、言わぁよ」
そんな会話をしたような気がする。
実際に「吉野園」に足を運んだのは、それから数日後のこと。
土佐道路の河ノ瀬交差点から南に入ってしばらく進むと、"住宅街の中華料理屋"の異名に合致する、閑静な住宅街に入った。
竜一は胸を高鳴らせて言った。
「ホントにバリバリの住宅街やん!こんなところにお店あるの!?」
助手席に座るソルティは不安な表情を浮かべている。
「道おうちゅうかえ」
※おうちゅうかえ=合っているのか?の意
ちなみにソルティは妻の仮名である。
和名だと生々しいかなと、外国人っぽい名前を付けてはいるが、実際には高知県生まれ高知県育ち悪そうな奴は大体友達にいないはずのZEEBRAも驚くバリバリの高知県民である。
それにしても……
この住宅街は、やたらと道が入り組んでいる。
「こりゃあ、道に迷うかもしれんで」
迷い込んでしまった!
俺たちは・・・
神田の住宅街という
樹海にっ・・・!
「そんなバカみたいなこと言わんでえいき」
「バカとはなんぜ」
などと言いながら、どんどん住宅街の奥に分け入っていく。
「帰り道が分からんなったらいかんき、木に傷を付けもっていかないかん」
竜一の気の利いた冗談に、ソルティはピクリとも笑わずに答える。
「ほいたら、そうしいや」
道を間違えないように慎重に進んでいくと、細い水路にかかる小さな橋があった。それを渡ると何やら建物が見えてきた。
「あれやない?」
とソルティが指差す。
「おおっ!」
「あった!吉野園!」
ソルティは絶望の淵から生還した人みたいに、晴れ晴れとした表情を浮かべている。
だが、まだ不安は完全には消えていなかった。
竜一が時計を見ると、時刻は午後2時33分を指していた。
「着いたはえいけど、もう2時半で」
ソルティは目を丸くする。
「え?吉野園って何時までなが?」
「3時までで、2時半オーダーストップ」
「ええっ!?」
ソルティは目を丸くしたまま固まった。「た、食べれんかもしれんねぇ」
吉野園に潜入!
引き戸をガラッと開けると、中に店主と思われる男性がいた。
コミュ障の竜一に代わってソルティが聞く。
「すいませぇん、まだお食事ってできますくわぁ?」
するとご主人は「かまんですよ、どうぞ」と優しい口調で案内してくれる。
「すいませぇん、ありがとうございますぅぅ」と店内に入っていくソルティの影に隠れて、竜一も気付かれないようにコソコソ入った。
これが我々が吉野園初潜入に成功した、のちに伝説とならない瞬間である。
年季を感じさせる、ノスタルジックな店内。
「素敵やね」と竜一はソルティにしか聞こえないように蚊が鳴くほどの声量で喋った。
「こんな素敵な雰囲気は一朝一夕ではかもし出せん。長く続けたお店だけが作り出せる最高の空気感や」
直後、"味噌カツラーメンと半チャーハンのセット"が眼前に現れた。
注文してから、まだ5分も経っていないように感じる。
「来るの早くない?」
竜一が蚊が鳴くほどの声量でつぶやくと、ソルティも息を呑む。
「早い……!」
訪れた時間がお昼の閉店間際とあって、店内にいる人間は竜一とソルティとご主人の3人だけ。
客席から丸見えの厨房…いわゆるオープンキッチンには、ご主人の姿しか見えない。
「おんちゃん一人で作りゆがでね?」
「ほか誰もおらんきねぇ……」
「本当はもう何人か店の人がおるけんど、俺らの目に見えてないだけかもしれん」
「怖いこと言いなや!」
それは、JR四国でいえば"南風"、馬でいえば良馬場のアーモンドアイに匹敵する提供速度だった。
出来たての味噌カツラーメンから湯気とともに漂うのは、芳醇な味噌の香り。
ズルズルっと麺をすする。
「おおっ!これは!」
一口目はあっさりしているように感じるが、その直後にアーモンドアイも差されそうな勢いで、大外から濃厚な味噌の旨味がガツンと追いかけてくる。
めちゃくちゃ研究されていると噂に聞いた、吉野園の味噌スープをたっぷり含んだトンカツを口に含んだとき、後世に残る名言が生まれた。
お口の中が吉野園。
吉野園の味噌カツラーメンを食べたら、口の中に吉野園という名の楽園、パラダイスが広がるのである。
駐車場から車を出そうとしていると、暖簾を仕舞うご主人の姿が見えた。
心の中でお礼する。
「ごちそうさまでした。いま私、お口が吉野園です」
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吉野園の店舗情報
店名 | 吉野園 |
所在地 | 〒780-8040 高知県高知市神田2095-31(地図) |
営業時間 | 11:00~15:00 17:00~21:30 |
定休日 | 水曜日 |
駐車場 | 有 |
店内 | ■カウンター席/有 ■テーブル席/有 ■座敷/有 |