現在、全国区であるかどうかまでは知るところではない。
少なくとも私が幼少の頃には、高知に住んでいても、あまり聞くことが無かったように思うそれは、
今や高知でも五指に入る"ご当地グルメ"となった。
それが高知県須崎市の「鍋焼きラーメン」である。
けれども、私は「麺が好きだ」とは言っても、
元来"ラーメン派"ではなく、完全なる"うどん派"であり、
よく冷えたビールのように、わりとクールな一面を持ち合わせていて、
鍋焼きラーメンについても、
アサヒスーパーなんとかみたいに、ドライな一面を見せていた。
<鍋焼きラーメンなんて、スーパーでもレトルトのを売ってるじゃないか。
あれもなかなか美味しいし、あれで充分、わざわざ須崎まで行く必要なんて無いだろう・・・。
しかもなぜ鍋焼き・・・普通のラーメンで良くないか・・・鍋焼きって・・・麺・・・伸びてそう・・・>
包み隠さず書くと本当にそのように思っていたし、
ありがちな、"無理矢理捻出ご当地グルメ"だと思っていた。
しかし、だ。
その鍋焼きラーメンが須崎市まで行かなくても、
高知市で食べられる店が新たに開店したというではないか。
それも高知市中心部中の中心部、
高知市のド真ん中である「高知駅」のスグ北側である。
まったく鍋焼きラーメンに興味なんて無かったが、
"食わず嫌い"はいけないし、よくよく考えてみると、
やっぱりすこぶる喉から手が出るほど食べてみたかったし、
実は物凄く興味があったことを思い出したので、早速行ってみることにした。
新規に開店したばかりの店というのは、店の人の緊張感がコチラにまで伝わってきて、
むしろ私が店の人以上に緊張してしまって、手も足もプルプルと震えまくる事態になるから
あまり好きではないのだけれど、事が事で「鍋焼きラーメン」だ。
こ・れ・が・食・べ・ず・に・い・ら・れ・る・か・!
夜も営業しているらしかったので、
野良仕事が終わったあと、闇夜を切り裂いて一目散に"速水もこみち"みたいな速さで向かった。
『須崎名物 鍋焼きラーメン 千秋』
元々、以前から本場・須崎で営業しているお店なのだそうだが、
これが"支店"であるか"移転"であるかは、わかりかねるし、
それを知ったところで何が変わるわけでもないので、どうでもいい。
<小さくて可愛らしい店だな・・・!>
店の前まで達した私は、そんなことを思いながら入店しようとしていた。
すると、後ろから自転車に乗ったおじさんとおばさんが「スーッ」とやってきて、通りすがりに言う。
「あら!こんなところにアイスクリン屋が出来ちゅう!」
おばさんの声に、おじさん同意。
「おぉ!ホンマやぁー!」
見ると「千秋」の店舗脇には、高知ではお馴染みの
「1×1アイスクリン」の"のぼり"がたしかに立っている、立ってはいるが・・・。
「いやいや・・・どう見てもアイスクリン屋では無いやろ!」
とツッコミを入れてあげる前に、二人は颯爽と走り去った。
なんだか楽しい夜になりそうである。
入ると左前方、厨房を囲むようにL字型のカウンターがあり、
その反対側、つまり向かって右側にも壁に面した小さなカウンターがあって、
さらに、その小さなカウンターを囲むように木の椅子がコの字型に配置されている。
<両サイドカウンターというのは、うどん屋でも稀にあるが、
両サイドカウンターでも"L字"と"コの字"の組み合わせは初めて見たな・・・>
先客である細身の中年男性が、L字型のほうのカウンターの隅で
ジョッキに入った黄色い液体を前に、少し前傾姿勢で座っていた。
その液体に、私の視線はクギヅケ。
<おいおい・・・生ビールまであるのかっ・・・!
こんなことなら"JR土讃線"で来るべきだった・・・!>
高知駅で降りれば、
徒歩2分だったのにっ・・・!
もっとも、列車を降りた瞬間から計測すると、
徒歩2分で「千秋」まで辿り着けるかは微妙だけれど、
駅の敷地を出た瞬間から計測していただけると、おそらくなんとかなると思う。
けれども何はともあれ、今現実に私の前には、
車でここまで来ているという事実が横たわっているのだから、
生ビールを飲み干すわけにはいかない。無念!
私は"生ビール"から距離を置くために、
同じL字型のカウンターでも、生ビールのおじさんが座っている隅の席から一番遠い席、
いわゆる"逆隅"の席に座った。
つまり、サッカーでいうところの"逆サイドアタック"である。
「はっ・・・!象さん・・・!」
カウンターテーブルの上にあらかじめ置かれていた鍋敷きに、とろける。
鍋敷きが象の形になっているのである。こういう可愛いものは大好きだ。
カウンターの向こう側には、おばちゃんと、
ハタチ前後ぐらいにしか見えない若い男性がいた。
若い男性の前ではガスコンロにかけられた土鍋が白い湯気を上げていて、
おばちゃんは何かを切っている。
瞬間的に、ウチのオバ=アと私が二人で畑で働く姿を連想してしまったが、
男性は私よりどう見ても年下だし、おばちゃんもオバ=アより、随分若そうだ。
壁に貼られたメニューには、「鍋焼きラーメン(特大)(大)(並)」と
「ご飯(大)(中)(小)」さらにデザート用の「アイスクリン」があるのみ。
<それと魅惑の生ビールか・・・!>
メニューが少ないのは私にとって好都合で、
"歩く優柔不断"とまで揶揄される私をもってしても、これはさすがに迷いようが無かった。
早速、歩み寄って来た男性に、
「鍋焼きラーメンの特大」と「ご飯の小」を注文して、また象を愛でる。
それにしても可愛い象である。
少ししてから先に「漬物」登場。
短冊切りにされたタクアンである。
<漬物付きなのか・・・!>
照明に照らされて、月光のように輝いている。
意外に思われるかもしれないけれど、私は漬物が好きで、
わずか100円で美味しいタクアンを販売している良心市を密かに見つけていて、
時々買って来ては晩酌のツマミにポリポリと食べていたりする、いわゆる"ムッツリ漬物好き"だ。
想定外に漬物付きだったのが、とても嬉しくて、
すぐさま食べてやろうと箸を構えかけたのだけれど、
それでは漬物への情熱丸出しで、誰が見ても"完全な漬物好き"と相成り、
"ムッツリ漬物好き"が成立しなくなってしまうので、漬物に箸が触れるか触れないか、
間一髪のところで自重して、主役である「鍋焼きラーメン」の登場を待つことにした。
しばらく「漬物」と「象型鍋敷き」を交互に眺め、
「漬物だゾウ」なんていう高度なギャグを思い付き、
やれやれ私もオヤジギャグコースか、などと悲観していると、おばちゃんが歩み寄って来た。
「はい!お兄ちゃん、これご飯の小ね!」
ご飯が入った茶碗を置きながら、そう言うおばちゃん。
<お・・・お兄ちゃん・・・!
俺もハタチ過ぎぐらいの頃までは、そう呼ばれることもあったけれど、
数年ぶりだな・・・お兄ちゃんと呼ばれたのは・・・!>
「あぁ・・・はい・・・」
なんて苦笑しながらも、内心、嬉しかった。
<俺・・・まだ・・・"お兄ちゃん"で通用するんだ・・・!>
ご飯も、漬物と同じで先に食べると"完全なご飯好き"ということになりかねないし、
ご飯は好きだけれど、やはりあくまで"ムッツリご飯好き"である必要があるので自重して、
ご飯にも手を付けずに主役の登場を待つ。
引き続き象型鍋敷きを愛でていると、背後からおばちゃんの声。
「はい!お兄ちゃん、お待たせぇ!」
また、である。
本日二度目の"お兄ちゃん"コール。
「あぁ・・・はい・・・」
なんて苦笑しながらも、やっぱり内心嬉しかったし確信した。
私は、まだまだ"お兄ちゃん"なのだ・・・!
そして、二度目のお兄ちゃんコールと共に、
ついに象の上に主役が鎮座。
土鍋だ。
土鍋が来た。
「カタカタカタカタ・・・」
閉まっている蓋のわずかな隙間から、激しく漏れる白い湯気。
<踊っている・・・!
"早く出せ"と言わんばかりに、土鍋の蓋が踊っている・・・>
踊っている蓋を掴まえて、開けたそのとき、
鍋の中に貯えられた力が解き放たれるように、フワッと大量の湯気が立ち込めて、
一瞬、眼前のすべてを白く覆い隠したのちに、神々しく現れた。
『鍋焼きラーメン(特大) & ご飯(小)』
土鍋から溢れ出しそうなほどナミナミと注がれたスープと、黄色い麺。
チクワ、ネギ、生卵で構成されたそれは、
まさに思い描いていたとおりの「鍋焼きラーメン」だった。
<熱い熱い・・・!
グラグラと煮えたぎっている・・・!>
スーパーで売られている鍋焼きラーメンを
何度か買って食べた経験から、かなり太めの麺を想像していたのだけれど、
「千秋」の麺は意外なほど細い。
細いけれども、固めでコシがある。
醤油ベースであるスープも、なにかの出汁が効いていて、
ズギューンと喉奥に吸い込むような感じで、ゴギューンと飲める。
時間の経過と共に、徐々に白身が固まりつつある生卵を、
いつ崩そうかと迷ったが、最初だと早すぎて最後だと遅すぎるような気がして、
あいだを取って、半量ほどを食べた頃に崩した。
すると、スープ、変化。
一気にまろやかになって、
崩す前とは、また違った種類の旨さで芳醇に攻めてくる!
<いやぁ・・・いいですなぁ・・・!>
鍋焼きラーメンをわざわざ食べに行く必要なんて無いと思っていたし、
鍋焼きラーメンは、よくある"無理矢理捻出ご当地グルメ"だと思っていた。
だが、違う。
それはすべて間違っていた。
これは旨いっ・・・!
同じ"ラーメン"という言葉を冠しながらも、
通常の「ラーメン」とは似て非なる旨さだ。
スープの中には肉も沈んでいて、
たしかこれは「親鳥の肉」だと聞いただろうか。
軟骨みたいにコリコリとした食感だ。
それが、いくらコシがあるとはいっても肉ほどは固くない麺と相まって、
「コリッ!シコッ!コリッ!シコッ!」食感の強弱の対比を生み出している。
そして、そのあとスープで、またゴギューン。
一寸の隙さえも無い、強烈連打。
圧倒的な幸せの樹海を彷徨いながら、飲んだ飲んだ飲み干した。
<ここで鍋焼きラーメンを食べて、
鍋焼きラーメンの力に気が付いていなかったら、人生の9割を損していたな・・・>
芳醇に香るスープは最後の一滴まで、熱くたぎっていた。
◆ 須崎名物 鍋焼きラーメン 千秋
(高知県高知市新本町2丁目15−11)
営業時間/11:00〜15:00、18:00〜21:00
定休日/月曜日
駐車場/無(近隣にコインP有り)
(鍋焼きラーメン特大700円、大600円、並500円、
ご飯大200円、中150円、小120円、アイスクリン150円)
「鍋焼きラーメン千秋」の場所はココ・・・!