ゆっくりとカレーの香りが漂ってきた。
<そろそろ出来上がる頃かな……>
私は鼻から思いっきり息を吸い、その香りをクンカクンカと嗅いだ。
<やっぱりカレーの香りはいいなぁ、ヨダレが出る!>
『喰いもんや うどんと二階』
という変わった名前のこの店には、何度か来たことがあった。
酒を飲んだ帰りに千鳥足で暖簾をくぐって注文するのは、いつも「カレーうどん」だ。一度だけ「ぶっかけうどん」を注文したこともあるけれど、その後はまた「カレーうどん」ばかり注文している。
店の奥まで縦に伸びる肌色した木のカウンターの向こう側で、店のおばちゃんが麺を湯掻いている。その手元から白い湯気がモクモク立っている。
カレーの香りに小麦の香りが入り混じって嗅覚を刺激する。
<いっぱい食べて大きくならなきゃ……!>
考えてみれば、カレーうどん目当てに来る店、というのはここだけだ。
以前、南国市に「さわだ製麺所」という、すごくクリーミーでスパイシーなカレーうどんを出す店があった。私の中では「カレーうどんを食べに行く店」だった。
しかしその店が閉店してしまってからは、うどん屋でカレーうどんを食べること自体があまりなくなっていた。
一度、あのクリーミーなカレー出汁を味わってしまうと、一般的にありがちな普通のカレーうどんが食べれなくなってしまう。そんな魅力が「さわだ製麺所」のカレーうどんにはあった。
<"さわだ"のもクリーミーだったけど、ここのカレーもクリーミーなんだよな……>
「うどん屋と二階」のカレーうどんは、十人中十人がそうだかはわからないが、少なくとも私の中ではかつての「さわだ製麺所」の味を思い出させるようなカレーうどんだった。
<今日はわりと酔ってない、意識がハッキリしている……>
レアケースだ。
出来上がったカレーうどんを、おばちゃんが目の前に置いてくれた。
香りの攻撃力が凄まじい。
その辺の綺麗なお姉さんがつけている香水よりも刺激的に漂ってくる。
「漕ぎ出そう…!いわゆるまともから放たれたカレーの海へっ!」
よくあるカレーうどんではない、カレーうどん。
白い麺を口に入れた瞬間から、クリーミーだがスパイシーに炸裂する。
「俺たちのあいだに、言葉はいらない」
無言で食べる。
麺はもちろんカレー出汁も、一滴残らず食べおおす。
<わーい!今夜は悶絶だ!>
アルコールが充満する胃に落ちたカレーが、胃を優しく包み込む。
食べ終えて箸を置いたときには、体内から湧き出るアルコール臭を、カレーの香りがまろやかに制圧していた。
<飲んだあとに、締めのラーメンもいいけれど、締めのカレーうどんもいいものだなぁ>