ある店にカレーラーメンを食べに行こうとしていた。
カレーラーメンだ。
どこでも食べられるものではない。
私自身、店では食べたことすらない。
カップヌードルシリーズの、カレーヌードルならまだしもだ。
車のステアリングを握り、
目的の店を目指す道中もワクワクしていた。
「カレーラーメン食べたいなー♪」
赤信号で停車。
ふと、車内の時計を見た。
「あれ……」
私は言葉を失った。
「時間が……」
いったいどういうわけだろう。
「すでに午後2時が近付いている…!」
じつは3時くらいから別の予定があった。
目的の店に着いてカレーラーメンを注文して、
出来上がるまで待って食べる時間は現時点でもう失われている。
「どうしてこうなった……!
早めに家を出たつもりだったのに…!」
だが後悔しても仕方がない。
世の中のおおよそは、
仕方のないことばかりなのだ。
張り詰めていた心の糸。
カレーラーメンと私を繋いでいた糸がフッと緩んだ。
諦めた……!!
もういいんだ……。
カレーラーメンなんていらない…。
むしろ……この際………。
カレーだったら…!
なんでもいいっ……!!
とにかく時間がない。
飲食店でカレーをゆっくり食べる、
というのは無理だ。
そうさ………!
いまの俺はノータイムマン…!!
「どうしよう………」
考えていたら『なか卯』があった。
これだ……!
天下の『なか卯』で………!
ドライブスルー決めてやるっ…!!
(店舗画像は随分前のものだよ!)
店に入る時間はない。
車を『なか卯』のドライブスルー専用窓口に横付け。
「ご注文お決まりでしたらどうぞー♪」
軽快な口調でそう言う女性店員さん。
もう我慢できないっ………!
与えてくれっ……!
俺にカレーを………!!
そのとき視界に入ってきた、メニュー表。
うどんもあるのか……!
トンカツも載せられるのか…!
だったら決まり……!
これで…逝きおおせっ……!!
たどり着いた目的地の駐車場。
膝に載せ………!
食べるんだ………!!
なか卯の……!
カツカレーうどんを……!!!
容器、二段重ね。
上段にうどんとカツ。
そしてネギ。
下段にカレー出汁。
これを…なんとか……!
合体させなければ………!
それは、今世紀最大級の難関チャレンジだった。
カレー出汁の中にうどんを放り込む……。
ただそれだけのことが、こんなに難しいとは……。
うどんが入っている上段の容器の底には、
褐色のカレーがベッチャリと付いている。
ここは車内。
上段の容器を取り外して、置く場所なんてどこにもない。
車内にカレーを塗るわけにはいかない……!
困った。
困り果てて禿げそうだ。
右手で上段の容器。
左手で下段の容器を持とうと試みた。
でもダメ。
重いっ……!
具が入った容器は重い…!
しかもやわらかいから……!
片手で持ったらベローンってなる…!
ベローンってなって……!
車内に落としたら終わりだ……!
終わり、尾張名古屋になるわけにはいかない。
一旦、車から降りようと思った。
外で作業を行えば良いのではないか、と思った。
しかーし…!
外は雨……!
大豪雨っ……!!
「ある意味…俺はもうすでに……
尾張名古屋なのかもしれないな……」
息を止めた。
両手の指先に全神経を集中させる。
世の中、理屈じゃ乗り越えられないこともある。
自分の能力のすべてを使っても、
どうにもできないこともある。
人生は失敗だらけだ。
また失敗してしまうかもしれない。
また痛い目に合うかもしれない。
でも、やるしかないんだ。
カツカレーうどんを食べるために……。
「うおぉぉおおぉぉっ…!」
私はなにを恐れていたんだろう。
食べるためには………
最初から、そうするしかなかったのに。
もうダメかなって思ったときから始まる、
クライマックスシリーズ。
この山を越えるためにはこれしかない……。
人間なんてものはとどのつまり………。
「気合と根性やっ…!!」
いまどき根性論かと人は嘲笑する……!
しかし根性がない奴はなにもできないっ…!!
おもむろに箸を割り……!
慎重にひとつずつ……!
上段の容器に入りし食材を摘む!摘む…!
先にトンカツ………!
次に麺…………!
最後にネギ………!
この局面………!
やった………!
やりおおしたっ……!!
天下の神業……!
カレー出汁の中に……!
麺をドボンっ………!!
入れおおしたっ…!!
難局を越えた………!
麺と出汁が合体したんだ………!
ついに食べられるぞ………!
なか卯のカツカレーうどんっ…!
モッチリとした麺の舌触り。
酸味のあるカレー。
全身を駆け巡る達成感……!
食べられることが………!
ありがたいっ……!!
涙ぐみ、幸運に感謝……!
「嬉しい………
嬉しいです………」
ただ、なか卯のうどんは大盛に出来ないシステム。
その後、合わせて買っておいた『カツ丼』を食べたことは言うまでもない。