額から汗が大量に滴る。
ジンジャーランドの彼方で陽炎が揺れている。
何日も雨が降らない、暑い暑い夏の日だった。
<暑すぎて・・・倒れそう・・・>
時刻を確認すると11時が近付いている。<もうそろそろ切り上げてもいい頃だ・・・>
いつもなら正午まで働くのだが、真夏のこの時期は、午前の仕事を早めに終えるようにしていた。
<生姜の世話をしていて、自分が医者の世話になってちゃ、割に合わない・・・>
家でシャワーを浴び、着替えてから高級な軽自動車に乗り込む。
身体がグッタリと重い。関節と筋肉が少し痛む。
<カンフル剤を注入しないとな・・・!>
シートベルトを締めて、シフトレバーをドライブに入れる。<行こう!まるしんへ!"ひやひや"でも食べに行こう・・・!>
車の冷房を全開にして走り、涼を求めてたどり着いた、香美市土佐山田町の『手打ちうどん・まるしん』
店先の駐車場に降り立った瞬間から、灼熱の太陽光線と熱風にさらされる。
<いま何℃ぐらいあるんだろ・・・>
考えたくもないほどの暑さだった。
キュッキュッと鳴る『まるしん』の戸を開けて中に入る。
<早くひやひやを食べなきゃ、本当に倒れてしまいそうだ・・・>
『まるしん』の「ひやひや」は一日30食限定だけれど、まだ開店して間もない時間だ。
いまなら絶対に食べれるはずだった。
すでに大学生風の男性客が数名入っていて、白い麺を黙々と口へ運んでいる。
私はL字型に伸びるカウンターの、一番手前の席に腰を下ろした。
<真夏に"ひやひや"が食べれる!こんな幸せ!なかなか無いっ・・・!>
早くも想像の中で「ひやひや」の冷たい出汁の味が、旨味と共に広がった。
目の前に立てられているメニューに視線が向く。
私はメニューを取らない。「ひやひや」を注文すると決めているからだ。
だが、それでもメニューをそのまま読むことはできる。
<かまあげ・・・!>
平仮名4文字で書かれたそれに目が留まる。<まるしんの釜揚げ・・・食べたこと・・・ない>
私が初めて『まるしん』にきたのは、オープンして間もない頃で、以来『まるしん』で何度もうどんを食べているのに、『釜揚げ』を食べたことは、ただの一度もなかった。
<でも外は灼熱、こんな暑さの中で釜揚げなんて・・・>
そのとき私を違和感が襲った。
"いま自分が思ったことは、とんでもなく馬鹿げた思想なのではないか"
<もっと言えば・・・凡人の思想・・・腑抜けの思考回路ッ・・・!>
いったい自分は何をしているんだ、と私は頭をかきむしった。かきむしりまくったので、頭皮から血が出そうだった。
暑いから、ひやひやを食べる・・・?
暑いから、夏の野外球場でのデーゲームには出ません!
空調の効いたドームでしか僕は出場しません・・・!そんな野球選手が何処にいるッ・・・!
<俺は・・・とんでもない腑抜け!間抜け!輪抜け様だった・・・!>
水が入ったグラスを持って、女性の店員さんがやってくる。私は言った。
「釜揚げ・・・!大盛で・・・!」
「釜揚げだと、いまから麺を湯掻くので20分ほどかかりますけど、お時間大丈夫ですか?」
"20分"という言葉に怯んだ。しかし引けない。
ここで釜揚げから逃げたら、まるしんの釜揚げを食べることは一生ない気がした。
「だ・・・大丈夫です・・・!」
私は20分待つことに同意した。
初対面の『かまあげ(大盛)』がやってきたのは、窓の外に見える国道195号線を行き交うたくさんの車たちを、ぼんやり眺めていたときだった。
<さすがは釜揚げ・・・!すでに熱気が伝わってくるっ・・・!>
白い麺の上に、白い湯気がユラユラと立ち込めている。<温泉みたい・・・>
つゆに浸けて食べようと、箸で麺を持ち上げる。
麺が長い。長澤まさみぐらい、長い。
<長すぎて・・・上手に浸けられない・・・!>
苦戦した。麺の全長をつゆの中に収めることができない。
<うどんって・・・こんなに長かったんだ・・・!>
これまでに私は、たくさんのうどんを食べてきた。
その数は、200グラムパックに入れられたチリメンジャコの数に匹敵する。
だがいつもは「釜揚げ」や「ざる」など、つゆに浸けなければならないうどんを食べない。
なぜか。イチイチつゆに浸けるのが面倒だからだ。
つまり私は、つゆを浸け慣れていない。
<どうすれば上手に浸けられるのか、わからない・・・!>
思考を巡らせた。"四国霊場88ヶ所めぐり"みたいに巡らせた。
そして閃いた。
88もの寺を巡った甲斐あって閃いた。
畳め・・・!
折り畳めばいい・・・たぶんッ・・・!
白濁色の湯の中を漂う麺を、箸で掴まえて畳もうとする。
悪戦苦闘して、何とか二つに折り畳んだ。
折り畳んだまま、持ち上げる。
長い。依然として長澤まさみだ。
一旦、湯の中に麺を戻す。
今度は一本の麺を可能な限り折り畳む。
持ち上げると麺は、フォークに巻き付けたスパゲッティみたいに、上手に纏まっている。
つゆに浸ける。口へ運ぶ。
小麦の香りがする。水で締めた"まるしん"の麺よりも、食感がモチモチしている。
<いつもの"まるしん"と、また違った一面を見た・・・>
熱い。汗が滴る。<冷房ついてるのか・・・!>
思い出せない。
まるしんにエアコンがあったのかどうか、思い出せない。
振り向いてエアコンの存在を確認する余裕すらない。
<でも20分・・・待ってよかった・・・>
釜揚げが放つ、灼熱の熱気。
それは、いつも涼しい顔で働く店主の心の内を反映しているようだった。
私はフラフラと立ち上がると、会計を済ませる。
レジに立つ店主は、いつもと同じ優しい笑みを浮かべていた。
◆ 手打ちうどん まるしん
(高知県香美市土佐山田町楠目339)
営業時間/11時~18時
定休日/月曜日
営業形態/一般店
駐車場/8台
(天ぷらうどん700円、冷山肉しょうゆ750円、肉ぶっかけ680円、ひやかけ380円、かきあげぶっかけ500円、
スペシャルぶっかけ650円、しょうゆ380円、温玉ぶっかけ480円、揚げ餅100円、中盛50円増、大盛100円増、特盛200円増など)
『手打ちうどんまるしん』の場所はココっ・・・!