初めて食事をして店を出るとき、「またきとうせー」と送り出された。
「また来てください」という意味の土佐弁だ。
いろいろなうどん屋さんを食べ歩く中でも、初めてのパターンだった。
桜が咲く季節。
私は『お食事だいせい』を訪れた。
東の隅のテーブル席が空いていたので、そこに腰を下ろした。
<いつも気付けば西に座っている・・・東に座るのは初めてだな>
と思った。<これで東西制覇だ・・・!>
私は満足感に浸りながらメニューを確認した。
注文は、あらかじめ決めてきている。
<あったこれ!これ!>
水とおしぼりを持ってきてくれた男性の店員さんが、今日はカンパチだと言う。
「じゃじゃじゃじゃじゃあ!それ!大盛で!」と私はドモった。
嬉しい話・・・『だいせい』は大盛無料だ。
『魚漬けご飯とおうどん(うどん大盛)』は間もなく現れた。
<うわぁぁぁぁ・・・絶景・・・!>
私はそれを舐め回すように見てヨダレを垂らした。<美味しそう・・・!>
黒い盆の上に、うどんと小鉢、漬物、そしてうどんに匹敵する主役級、"漬けご飯"が載っている。
<どっちから食えばいい・・・!うどんか・・・漬けご飯か・・・!>
眉間にシワを寄せ、迷った。2年ほど。
しかし迷っている場合ではない。
<このうどんは"かけ"・・・!俗にいう"あつあつ"・・・!>
麺の状況は刻々と変化する。<伸びる前に仕留めなきゃっ・・・!>
うどんから食べることに決定した。
慌てふためき即座に食べる。急ぎすぎた。フーフーするのを忘れた。
<アチチチチチ・・・!>
熱さに悶え、口をハフハフさせながら麺を噛む。<んー!いい匂い・・・!>
出汁の香りがフワリと漂い、鼻からスースー抜けた。
続いて"漬けご飯"に箸を伸ばそうとしたけれど、小鉢に入っているものが気になった。
小鉢は"うどん"と"漬けご飯"・・・両者のあいだに置かれていた。
<これはなんだろう・・・>
ナスと挽肉が入っているのは見ればわかったが、何という料理なのか私にはわからなかった。
食べてみた。
<なるほど・・・!ナスと挽肉だ・・・!>
と私は感想を述べた。<ふむふむ!ナスと挽肉がどうにかなってるんだな・・・!>
少し濃い目の味。それがまたあとを引く。
<なんだかわからないけど、美味しい・・・>
美味しければいいのである。こまけぇこたぁいいのである。
注目の漬けご飯。
使用される魚は定期的に変わるという。
今日は店員さんが教えてくれたように、カンパチだった。
カンパチ、ネギ、ミョウガ、そしてガリが綺麗に敷き詰められている。
その下にあるはずのご飯は、ほぼ見えない。
<ぐえっ!へっ!へっ!>
私はありがちな悪代官のように笑い、脇に置かれたワサビを中央に移し、その上から醤油を回しがけた。
そしてほんのりとピンク色がかったカンパチと、白いご飯を箸で掴み、大口を開けて喰らう。
<溶けた・・・!>
カンパチ・・・!
圧倒的!消失・・・!
<やりましたー!カンパチ溶けましたー!>
私は歓喜した。<ありがたい・・・!ありがたいっ・・・!>
口の中に入れたはずのカンパチは、たしかに居なくなったのだ。
さらに・・・!
『ミニ天丼とおうどんのセット(大盛)』も食べる。
男は黙って、2人前・・・!
いっぱい食べて大きくなっているあいだにも、『だいせい』の店内にはたくさんのお客さんが入ってくる。
食べ終えて去っていくお客さんの背中に、店員さんはあの土佐弁の言葉をかけている。
<いつものだいせいだなぁ・・・>
私はぼんやりと宙を眺めた。肌色した木の天井が見えた。
ぼんやりと宙を眺めると、水色の空が見えた。
<だいせい・・・9月30日で閉店か・・・>
手に持ったスマホの画面表示を消し、ズボンのポケットに入れた。
<俺が最後に行ったのって、半年前だっけ・・・>
草むらの中で、ススキの穂が風に揺れている。<漬けご飯、美味しかったのに・・・>
私は立ち上がり、草刈り機のスターターを引っ張った。
<残念だけど、いろいろ事情があるんだろうな・・・>
鳥のさえずりをかき消して、エンジン音が山に響く。
いつの日か・・・。
またやっとうせー!