ホテルのベッドで目が覚めた。
昨日大丈夫だったかな。楽しんでもらえたかな、
などと寝起きから不安な気持ちになった。
結婚式の翌日ってもっと幸せに
包まれているものだと思っていた。
幸せだ。
幸せだけれど不安だ。
最後の新郎挨拶も、
私らしいグダグダっぷりだったので…。
嫁のお父さん、
お母さん的に、
大丈夫だった
のかと心配だ…!
<まぁ………!
いまさらなにを言ってもあとの祭りさ…!
それに…俺は俺であれが限界……!>
通常であれば、
娘を返してもらい
たくなるレベル。
<だが………!
ちゃんとしろと言われても…120%……
目一杯の力を振り絞った結果があれなのでねッ…!!>
新郎の心労。
しかし………!
昼ごろに嫁の実家へ遊びに行くと、
いつもと変わらない雰囲気で
ニコニコしていたので安心して、
嫁と一緒に昼食を食べに行った。
昼食は、もちろん………。
うどん。
それしかないっ!
私はうどんが好きです。
<式の翌日からうどんを食べることを、
嫁にも強要する……!
私と結婚したからにはだ……!!>
だがそのとき嫁、
わりと乗り気。
「どこ行こかねぇ」
二人で話し合った結果。
私が一方的に決めて……。
『麺房 まつみ』に決定!
<オープン当初に来て以来だ…!>
もう何年ぶりかわからないよ。
すっげぇ粘ってる!
他の人がネットに上げている画像を見て、
「うわー!美味しそう!」
と前々から思っていた…
『山かけぶっかけ』で、
披露宴後、初うどん!
その『山かけぶっかけ』は、
「温」と「冷」が選べた。
<冬真っ只中……!
この局面……当然…「温」……!
俺は寒いんだっ………!>
熱い出汁をぶっかけて!
食べおおせっ……!
だが…しかし…!
ここ一番で……!
画像………!
ブレおおすっ…!
一世一代のイベントをやり遂げたという達成感。
それが生んだ油断。
農業界のうどん野郎として…!
痛恨の極みッ………!
まぁいいや。
じつはわりと気にせず食べる。
麺が見えないほどかかった山かけが、
いやでも麺に絡みつき、粘ってくる。
圧倒的……!
粘着力っ……!!
粘りが麺を、
麺が粘りを連れてくる。
至福……!
至福の連行っ…!!
そのとき嫁、左隣。
食べていた。
あんかけ卵とじうどん!
満面の笑みで食べている。
憎たらしいほど笑っている。
そっと声をかけた。
「ちょっとだけ頂戴…!」
すると、すぐさま
『あんかけ卵とじうどん』が入った器を
こちらに滑らせてくれた。
この人の一番良いところは、
嫌がらずに自分のうどんを
私に分けてくれるところだ。
「ボクの顔をお食べ!」
みたいなノリで、
「ボクのうどんをお食べ!」
と言ってくれる。
まるで、
アソパソマソみたいだ。
顔も丸くてアソパソ……
(この先を言うと大変なことになる)
その嫁。
「めっちゃ暖まるー!」
などと、あんかけ系のうどんを
食べた人にありがちな普通の感想を述べ、
口を動かしている。
素人め………!
この道10年のベテランであり、
うどんを食べるプロである私は嘲笑した。
もちろん心の中で。
ひとしきり心の中で小馬鹿にして
あんかけ卵とじうどんに手をつける。
<うわぁ………!>
プロである私。
麺を2本ほど箸で摘み、
飲み込んだ瞬間、言ってやった。
めっちゃ暖まるー☆
ダメだった。
抑え切れなかった。
素直な乙女心。
冬の寒さに、
熱々のあんかけ!
こりゃたまらんっ!
しかし私は誰が
なんと言ってもプロだ。
プロはプロらしいコメントを
残さなければならない。
「麺がプリンプリンやね…!」
今度は、わりとプロっぽく言ってやった。
「ここの店主が修行したと聞く、
伊勢崎町の『三宅』に
食感がやっぱり似てるんよね」
豆知識も交えて
プロっぽく言ってやった。
だが、反応が薄い。
<あれっ…おかしいな……>
私は麺を飲み込みながら、
もっともらしく頷き、もう一度言った。
「麺がプリンプリンや」
しかし嫁、首を傾げて言う。
「プリンプリン、ではない」
「えっ!プリンプリンやん!」
再度嫁に言うも、
嫁も再度首を傾げる。
「んーーー。
プリンプリンではない」
<違うのか……!
これってプリンプリンじゃないのか!>
私はわからなくなった。
いままで信じていたことが、
じつは嘘だったときみたいな感覚だ。
次第に自信がなくなり、
弱々しく訊いた。
「プ…プリンプリンじゃなかったら、
どんな感じよ」
嫁は、しばらく考えてから口を開いた。
「プルンプルン」
「プルンプルン!?
プリンプリンとなにが違うんだ!」
「プリッと弾力があって
弾ける感じじゃなくて……」
「弾ける感じじゃなくて…?」
「噛んだらプルンッとなる感じ」
なるほど。
言われてみると、
たしかにそんな気もする。
これはたしかに、
プリンプリンではなく、
「プルンプルン」だ。
ホントだ!
口に含んだ瞬間から、
プルンプルンだ。
まつみのうどんは、
プルンプルンだ。