戸を開けるといつもの風景が広がっていた。
見慣れた風景。数十ヶ月ぶりに見る風景。
『手打ちうどん 吉川』
<久しぶりだな…吉川……!>
短いセルフレーン。頭上に掲げられた木札。メニュー。
<ここは吉川ならではのメニュー…!
武蔵野風ぶっかけにしておこうか……>
他では食べられない。
ここでしか食べられない。
そういう思いから、
あっさり…武蔵野風ぶっかけに
身を委ねようとしたそのとき…!
背筋を駆け巡る……!
悪寒っ………!!
まっ……待て………!
何を容易く決めているんだ俺は……!
久々の対戦で………!
相手の型にわざわざハマりにいくようなことを…!
馬鹿っ……!
馬鹿がタレまくって…馬鹿タレ……!
久々ってことは………
空白のときが長いということ……。
そう考えると…もうわからない……。
吉川がこの長期間にどうなっているか……。
以前の感覚………
軽はずみな気持ちで挑むと……
あるいは………
喰われるのは俺のほうかもしれない…!
この一局……
全身全霊で挑みながらも……
細心の注意を払わねば……。
うどんを食べることは……
遊びじゃねぇんだっ……!
元々攻撃力の高さに定評のある、武蔵野風ぶっかけ。
<考えてみれば…かなり危険……!
ブランクのあるボクサーが世界王者に挑戦するようなもの…>
吉川だってこの数十ヶ月のあいだに……
獲得タイトルの数を増やしてきている……
そういう可能性だってあるんだ………。
不用意に手を出すと……
カウンターパンチで一発K.O.……!
出汁の底に沈められるっ……!!
セルフレーンでの葛藤。
この間、時間にして2秒。
長年の戦いで鍛えられた、
うどん脳の回転力………!
そして次第に現実味を帯びてくる、
吉川パワーアップ説………。
<たとえば武蔵野風をキャンセルして……
温かいかけ…普通のかけうどん………>
いくら危険だからと言って……!
そんなアンパイ…打つわけにはいかない…!
アンパイへ逃げた心……!
弱腰の思考…………!
そんなヤワな考え………!
吉川クラスになると討ち取ってくる…!
確実に……………!
<だったらどうする………!
肉うどんかっ…………!?
ぶっかけとか…そういうのにするか…!?>
そのとき閃く………!
そうだ………!
思いついた………!
訊く………!
店員さんに訊く……!
「冷かけって…できます……?」
通れ…………!
通れ……通れ……通れ通れ通れ……!
店員さん、竜一の心を内を見透かしてか、
表情を変えず、言う
「できますよ……!」
通った…………!
注文…通った………!
全身を駆け巡る達成感………!
やりおおしたという……やったった感……!
<冷かけと俺………!
きっといい勝負になるっ……>
『冷かけ(大) & ちく天』
<変わってないな……!
ビロンビロン…………!>
相変わらずの吉川………!
相変わらずの独特………!
相変わらずの……!
ビロンビロン麺っ……!!
太い部分…細い部分……!
縮れている部分…いろいろあり……!
全体的に……!
ビロンビロン………!!
出汁も独特………!
他にない香り…味……!
<変わってる………
その一言で片付けるのは簡単だが……>
兎にも角にも………
変わったうどんだが……
変わっていない……!
まったく変わっていない……!
吉川のまんま…………!
◆ 手打うどん 吉川
(高知県香南市野市町西野1523)
営業時間/11:30~14:00
定休日/月曜日、木曜日(祝日の場合翌日休み)
駐車場/有