閉店した『坂本屋 土佐山饂飩』の跡地(※参考文献)に、新しいうどん屋がオープンしたと人づてに聞いたのが二十日ほど前。
すぐに行くつもりが生々しい話、その後に稲刈りなどがあって忙しくしていた関係で、行くのをすっかり忘れていた。
高知のうどん屋の新店となると、いつ以来だろうか。思い出せない。
最近、三日前の昼ごはんはおろか、昨日の晩ごはんすら思い出せないときがある。まだ水も滴る三十三歳、ジャニーズのタッキーこと滝沢秀明さんとまったく同じ生年月日の三十三歳なのに極めて危ない。
一度車に乗って、かつて『坂本屋』があった建物の前を通ってみる。たしかに。「うどん」と書かれたのぼりが風に揺れている。
<『かけ』380円か…>などと、メニューが書かれた店先のボードを車内から見ていると、中から女性の客が二人出てきた。<指くわえて見ている場合じゃなかった!モタモタしてたら売り切れちまう!その可能性はゼロじゃない…!>
近くに「60分100円」と書かれたコインパーキングがあったので、そこに車を停めて店へ歩く。
周囲の飲食店の店先には、右を向けば「ランチ」、左を向けば「ランチ」と書かれている。<この辺、一応オフィス街やもんな>
スーツを着たサラリーマンやOLが行き交う中、さっきのボードの前まで戻ってきた。奥に店がある。
出入口の上に木の看板が掲げれていて、『手打ちうどん たちばな』と書かれていた。
(※ 高知県高知市堺町7-21、四国銀行本店南側、寿し柳がある通りを西に入ったところです)
『坂本屋』時代に一度来たことがあるから当然だけれど、見覚えのあるコの字型のカウンター席(以前は黒色だったが茶系の色に変わっていた)。店内の隅に置かれたおでんの鍋から出汁の香りが漂っている。
ちょうどコの字の両端が埋まっていたので、真ん中の席に座る形になった。
<なんか真ん中って、お誕生日席みたいでちょっと恥ずかしいね…!>
醤油うどんが食べたかったけれど、メニューに醤油の表記はなかった。
<仕方がない!『ぶっかけ』にしよう!あと『かけ』の大盛も付けよう!>
「温」「冷」が選べた。ぶっかけは「温」にした。
「『かけ』は温かいので…」と店のお姉さんが訊いてきた(お姉さん、かなり美人)。
『かけ』は温かいものしかないと思い込んでいたせいで、思わず「温かいので!」と答えてしまった。
<しまった!訊くということは『冷やかけ』もあったのか…。それなら冷やかけにすれば良かったな…>注文を変更できないかと思ったとき、すでにかけ出汁を温めているのが見えた。もう遅い。
人生に遅過ぎるなんてことはない、と真顔で言う人が世の中にはいるが、人生に遅過ぎるなんてことは、ざらにある。
先に『ぶっかけ(温)』がきた。デフォで天カスが入っている。脇にはレモン。
癖のない、まろやかな出汁が麺によく合っている。
続いて『かけ(大盛)』。やはり天カスが入る仕様。『ぶっかけ』にあった生姜が入っていないのが残念だが、生姜ない。
太めに見える麺。表面に凹凸がたくさん入っている。
<硬そうだな…>そんな印象を受けたけれど、食べてみると意外と歯切れが良い。
凹凸が連れてくる出汁は『ぶっかけ』と同じく、嫌味がなくまろやか。
我が我がと前面に主張してくるような尖った癖のある出汁よりも、このほうが麺自体の味が目立つようにも思えた(癖のある出汁も好きなのだけれど)。
セルフで取ってきた『ちく天』。大きい。一見、こん棒に見えた。でもやはり『ちく天』のようだ。
かけ出汁の上に浮かべて食べると、出汁を吸ったこん棒は口の中で優しく解けた。