いつもの魚屋の店先に達すると、女将さんが言う。
「いらっしゃい!きょうはクエが、なかなか脂がのっちゅうよ」
クエ?
「クエって、クエ鍋の……」
そう聞く私に、女将さんは何度かうなずく。
「そうそう」
「クエの刺身って珍しくないですか?鍋にはよくするけれど……」
「そうかねぇ?」と首をかしげる。「ほかは、カツオのタタキとかもあるけど……」
私は微笑した。
「じゃあタタキも……」
商店街の鮮魚店の良さのひとつが、悩まなくてもいい、という点である。
あれにしようか、これにしようかと頭を捻らなくても、客の好みを覚えておいてくれて、ほとんど勝手に決めてくれる。
私の場合は、初回に「ブリが欲しい」と言ったがために、おそらく女将さんの頭の中に「この人は、脂がのった魚が好き」とインプットされているのだろう。毎回、脂が…脂が…と、やたら脂ののった魚を薦めてくれる。
恐ろしいことに、「竜一、脂好き説」は当たっている。
魚の脂を抽出して、コップで飲みたいくらいだぜ……。
鮮魚店で購入してきた「クエの刺身」と「カツオのタタキ」を食べる。
買って帰ってきた、クエの刺身とカツオのタタキ。
タタキは店で藁焼きされている。なぜそんなことがわかるのかというと、店先を車で通る際、一斗缶に入れた藁に火をつけて、大将が藁焼きしている姿を何度か見かけているからだ。
圧倒的!脂で輝くタタキ!
タタキにしたあと、サラダ油かけてるんちゃうか!
……そんな勢い。
「これで値段は、420円だからね……」
大枚はたかなくても、美味しい刺身やタタキは食べられる!
クエは淡泊なのかと思いきや、身がモッチリしていて噛むとジワリ、旨味が出てくる。
クエ、結構クエる。
「青魚みたいに強い味はしないけれど、結構クエる」
カツオのタタキからは、香ばしい藁の匂いや脂とともに、大将と女将さんの優しさがあふれていた。