『EP7を読む』
<この判断は自滅へ繋がるかも・・・>
坂を上っても上っても「寒風山トンネル」は見えてこない。
<まだ・・・まだ上らないと見えてこないのか寒風山トンネル・・・>
燃料の残量を示す棒状のデジタル表示は、"棒"と言うよりも"米粒"みたいになっている。<トンネルを抜ければ、たしか下り坂になっている・・・!>
状況は、ライオンの背中に跨がろうとするよりも危ない。
いままでの人生・・・大抵なんとかなってきた・・・。
でも・・・俺・・・ここで詰むかもしれない・・・。
1リッターでわずか数円しか違わないガソリン代を出し渋ったのが、そもそもの元凶。
<もしここでガス欠して詰んだら・・・目も当てられない・・・>
やがて・・・。
やっと見えてきた寒風山トンネル。
長い長い寒風山トンネル。
<トンネルの中は平坦かと思ったのが・・・トンネルの中も上ってんのか!>
上り坂は燃費に悪い。あまりアクセルを踏み込みたくはないが、踏み込まないと前に進まない。<トンネルの中で止まるのだけは、やめてくれ!こんな暗くて臭いところで止まるのだけは・・・!>
なんとか止まらずに出口付近に差しかかると、やっと下り坂になった。
出口を出てからは、さらに急な下り坂になる。
<アクセルは踏むな!ブレーキだけで下れ!>
自分に言い聞かせる。<任せろ・・・!地球の力!重力にっ・・・!>
それにしても心臓がバクバクうるさい。
しばらく坂を下っていくと、渓流を挟んで右側に建物が見えた。
<道の駅・木の香・・・!>
元々の目的地だ。
でも、もう事態はキジどころではなくなっている。
けれども一旦落ち着きたい。
僕は着実に冷静さを失い始めている。
渓流にかかる橋を渡り『道の駅・木の香』の駐車場に、ゆっくりと新入して車を停める。
ふぅぅぅ・・・と僕は息を吐く。
<木の香・・・ガソリン分けてくれんろうか・・・>
かなり本気でそんなことを考えながら、スマホでまた最寄のガソリンスタンドを検索する。
すると約5キロ先にガソリンスタンドがある、と出た。
「高知県いの町」と記載された住所に、なんだかホッとする。安心する。
いつもの高知へ帰ってきたんだ・・・。
<5キロ先程度なら大丈夫・・・!1リッターもあれば確実にたどり着ける!>
自分の顔面に血がジンワリ戻っていくのを感じながら、車から降りる。<せっかく木の香に来れたし、キージーカレー!食べて行こう!給油はそのあとだ!>
四方を山に囲まれた『道の駅・木の香』を包む空気は、標高が高いせいもあってか、ヒンヤリしていて肌寒い。
辺りは薄暗くなってきている。
時刻を確認すると、18時を回っている。
<18時・・・>
嫌な予感がした。<田舎のガソリンスタンドって閉まるのが早いんだよな・・・ウチのほうも19時で閉まるし・・・もっと田舎だと17時で閉まったり・・・>
って・・・。
あかーん。
<ガソリンスタンドって・・・閉まるんだった・・・>
やはりもうキジどころではない。
キジを食べているあいだに、5キロ先のガソリンスタンドが閉店してしまったら・・・詰む。
あるいは・・・こんなことは考えたくもないが、すでに閉店している可能性すらあるのだ。
僕は高級な軽自動車に再度乗り込み、ガソリンスタンドを目指す。
車一台がようやく通れる細い道。
<本当にこんな場所にガソスタがあるのかな・・・>
不安になる。
だが地図の場所に、たしかにガソリンスタンドはあった。
事務所内に人影が見える。営業している。
もし閉まっていたとしても、人がいる以上、無理矢理何が何でも入れてもらう覚悟だ。
オジサンが出てきて給油してくれる。
給油機のギュイーンという音と共に、高級な軽自動車のタンク内にガソリンが納まっていく。
<これで大丈夫・・・>
肩の力がドッと抜ける。安心した。<帰れる・・・俺は・・・家に帰れる・・・>
「だいぶ減っちょったねぇ」
ガソリンスタンドのオジサンは、僕にレシートを渡しながら言う。「ほとんど空やったみたい」
その瞬間、水門を開けたみたいに僕の口から言葉が次から次へと溢れ出た。
そして西条市から、ガソリンの残量を気にしながら寒風山を越えてきたことや、ガソリンスタンドがなくて困ったことを、一気にまくし立てた。
<俺・・・コミュ障やったハズやのに、よう喋るなぁ・・・>
饒舌の自分に驚くと同時に自覚する。
俺は誰かにこの話を聞いてもらいたかったんだ・・・。もう一杯一杯だったんだ・・・。
「ガス欠しそうになって駆け込んでくるお客さん、時々おるよ!」
と言ってオジサンは笑う。「けんど、ここがまだ空いちゅう内にきてくれてよかった!この辺、ガソリンスタンドないきねぇ!ここから一番近いスタンドでも20分ばぁ走らないかん!」
「えぇ!そんなに・・・!」
「うんうん。それやき、みんなぁ有難がってくれる」
そう言ってニッコリ微笑むオジサンが、神様に見えた・・・。
「あじゃじゃっした・・・!あじゃじゃっした・・・!」
僕は丁寧にお礼を言って、満タンに給油してお腹が膨れた高級な軽自動車と共に去る。
<戻ろう・・・木の香へ・・・!
もう一度やり直す・・・!>
食べて帰ろうぜ・・・!
念願のキージーカレーを・・・!
(続くー!次でラストー!)
『EP9を読む』