綺麗な女性が、茶碗にご飯を注いでいる。
脇には、薪がたくさん積まれている。
<あの釜でご飯を炊いているのか・・・>
と私はその光景を見ながら思った。<美味しいだろうなぁ・・・>
大正町市場を出て、浜辺でジョジョ立ちを決めたあと、昼食を何処で食べようかと迷った。
<せっかく漁師町へ来たんだ・・・どうせなら魚を食べて帰りたいな・・・>
なんとなくカツオが食べたい。
高知県民のDNAが覚醒し始めたのか、私はここ数年カツオがどんどん好きになってきている。
子供の頃は、それほどカツオが好きではなかった。
それなのに、いまではカツオのことばかり考えてしまって夜も眠れない。
しかも酔うとカツオのことを熱く語ってしまうので、知り合いからは「カツオ人間」などと呼ばれてしまう始末だ。(私の頭はまだ半分に切られていない)
昼食の候補には、大正町市場の中の店や、周辺に点在するいくつかの店も挙がったが、結局この『萬や(よろずや)』に決めた。
スマホでネット検索して知った、店のコンセプトが好きだった。
木の香りが漂う店内。
私は窓際の2人掛けのテーブル席に腰を下ろしてメニューを見る。
<メニューは4種類か・・・>
『鰹のたたき定食』と『煮魚定食』『魚(イオ)サラダ定食』あとは『魚(イオ)丼』がある。
しかし『煮魚定食』はすでに売り切れたということで、実質、3種。
私は『魚(イオ)丼』にした。
夜も眠れないほど、カツオのことばかり考えているぐらいだから、当然『鰹のたたき定食』と迷った。
それなのに、たたき定食にしなかったのは、ここでカツオを食べてしまうと、本当にカツオから離れられなくなってしまうと感じたからだ。
"カツオは、やめておいたほうがいい。
彼女はあまりにも危険だ"
本能が警告音を鳴らしていた。
「大盛ってできますぅー?」
私は店のお姉さんにそう訊いた。並盛では、きっと量が足りない。
「はい!できますよ!」
お姉さんはそう答えて微笑む。笑うとさらに美しい。
メニューの記載によると、魚丼を彩る魚は日によって違うらしい。
そこに写っている画像では、カツオのタタキが載っているが、果たして今日は何が載ってくるのだろう。
<タタキ・・・だったりして・・・>
メニュー画像と同じカツオのタタキ、という可能性は充分にありえる。<でもここでタタキに会ってしまったら、俺は・・・!俺は・・・!>
・・・危険な恋が、間違いなく始まってしまう、と口に出してしまいそうになって、その言葉を飲み込んだ。
――――数分後。
『魚丼(大盛)』がきた。
<ぬぉっ・・・!>
私は丼を見る。丼に載っているのは恐れていた相手、カツオのタタキだ。<逃れられない・・・俺は・・・カツオの呪縛から逃れられない・・・!>
転がり始めた巨岩は、止められない・・・。
止めることなどできないのだ・・・。
盆に載っているのは丼のほかに、味噌汁と、小鉢に入ったヒジキの和え物、漬物、それから山芋のトロロ。
お姉さんの説明によると、脇にあるタレをトロロに少しだけ混ぜて、それを丼にかけて食べ、薄かったらさらに残りのタレを追加するとよいらしい。
私は言われたとおりにタレとトロロを混ぜ混ぜする。
そして器を丼の上に持っていき、豪快にぶちまける。
<液体をかけるのには慣れている・・・!>
日頃から!ぶっかけうどんで!
めっちゃ練習しとんねんッッッ・・・!
ご飯をカツオで巻くようにして食べる。
<うへぇっ・・・!>
カツオがとろける。舌の上でとろけおおす。<圧倒的・・・柔らかさッッッ・・・!>
釜で炊いた、炊き立てのご飯は、一粒一粒がシッカリ立っていて、とてもよい香りする。
<うどんでも・・・ご飯でも、"釜揚げ"は強いッ・・・!>
俺、感激。
それに山芋トロロに絡めたタレが、また旨い。
<この幸せの対価が680円とは・・・>
自分の頬から大粒の涙が、ナイアガラの滝みたいに溢れてくる。
それを拭うために、ポケットから木綿のハンカチーフを取り出そうとするが、ポケットにはビスケットしか入っていない。
仕方なくビスケットで拭く。
拭いたあとは、食べた。
帰り際、せっかくなので店先で記念撮影していく。
「カツウォーッ!カツウォーッ!」
私はジュリエットの名を呼ぶロミオのように叫びながら両手を広げ、カメラに収まる。
そして自分の顔が、次第にカツオ人間みたいになっていくのを感じていた。
◆ 鰹乃国のめし家 萬や(よろずや)
(高知県高岡郡中土佐町久礼6551-1)
営業時間/11:00~14:00
定休日/日曜日、月曜日、火曜日
駐車場/有