「どうだい・・・この空・・・広いだろう・・・!
あの雲の上に・・・!ラピュタがあるんだ・・・!」
などと、藤岡弘、が言いそうで言わ無さそうことを発しながら、
私は久し振りのラーメンを食べに行こうとしていた。
それも、うどん屋新店を連戦した興奮の熱、
冷めやらぬ中での、ラーメン屋新店である。
ワクワクする。
いつも見知らぬ店に行く時は、
ドキドキが入り混じるのに、今回はなぜかワクワクしか感じない。
その原因は、インターネットでの評判にあった。
<みんな結構・・・高評価・・・というか・・・!
なかなか良い風に書いている・・・!
これはもしかして・・・キテるんじゃねぇのか・・・風がっ・・・!>
十年に一度の神風がっ・・・!!
南国市の香長平野を抜けて、
高知市へと進む間、ドンドン落ちる陽。
<ククク・・・!
暗くなったほうが・・・いろいろと盛り上がるってもんさ・・・!>
『ラーメン・牛すじ どば』
その店は、高知市にある『ベスト電器高知本店』東向かいに、
美麗な光を放ちながら佇んでいた。
<ふぉっ・・・!ラーメン屋っぽくねぇ・・・!>
以前は喫茶店が入られていた店舗らしく、
道路に面した側はガラス張りになっていたりして、
ありがちなラーメン屋の様相とは異なる。
中に入る。
想像よりも広いコンクリート壁の店内は、
清潔感があって開放的。
少人数で来る客が多いのか、よくある四人掛けではなく、
二人掛けのテーブル席がたくさん並べられている。
適当な席に座り、見やるメニュー。
メニューに記載された、ラーメンの味は三種。
しょうゆ、みそ、塩。
一見、三択に見えるこの局面。
だが、事はそんなに単純ではない。
問題は『牛すじ』だった。
<看板にも大きく書かれているぐらいなもので・・・!
どばの売りは・・・!十中八苦・・・牛すじ・・・!>
看板に書かれているから・・・!
正に正真正銘・・・!
文字通りの看板メニュー・・・!
<ならば・・・牛すじだけは是が非でもイッときたい・・・!>
同じ文字サイズで書かれているハズなのに、
メニュー表の『牛すじラーメン』の文字だけが大きく目に写る。
<んぬぬぅ・・・だが牛すじラーメンは・・・おそらく醤油スープ・・・!
畜生っ・・・!俺の今の純粋な本命は味噌スープ・・・!>
理由なんてねぇ・・・!
ただ・・・!心から・・・!
味噌スープが飲みてぇんだよっ・・・!
<ここで店主に頼めば・・・!
味噌スープで牛すじラーメンを作ってくれるかもしれない・・・!>
そういう可能性はある・・・!
<だが・・・!それが言えたら苦労はしねぇ・・・!>
そんな客注・・・!
チキンハートの俺に・・・!
出来るわけが無いっ・・・!
<だいいち・・・メニューの枠組みを逸脱するのはアンフェア・・・!
ここは決められたメニューの中で攻略の糸口を見出すべきっ・・・!>
導き出すんだっ・・・!
味噌ラーメンと牛すじ・・・!
両立の道・・・!
開けろ・・・!
新世界への扉をっ・・・!!
水を持った女性が歩み寄ってくる。
川中美幸に似ている。
「ご注文は後ほどで・・・!?」
この時、竜一の心中、まだグチャグチャ。
オーダーを決定できない。
「あっ・・・いやっ・・・その・・・!」
悩み果て、苦悩が頂点に達したその瞬間。
思考の中から生み出されし魔球が、
幾重にも張り巡らされた『どば』のメニュートラップの網目を、
まるで針の穴に糸を通すかのような精密なコントロールで掻い潜って辿り着く。
「み・・・みそラーメンと・・・!
牛すじ丼の小・・・!」
牛すじ・・・!
牛すじ・・・!
牛すじ丼の小・・・!
これが・・・!
味噌ラーメンと牛すじ両立の・・・!
突破口っ・・・!!
<ククククク・・・!
勝負は紙一重だった・・・!
俺は寸前のところで見付け出したのさ・・・!>
そもそも俺に与えられた選択肢は・・・僅かにふたつ・・・!
<みそラーメンと・・・牛すじ単品・・・400円にするか・・・!
みそラーメンと・・・牛すじ丼の小・・・300円にするか・・・!>
それだけ・・・!
<単品のほうが牛すじの量は多いかもしれねぇが・・・!
そこまで大量に食べたいわけでもない・・・!
メインはラーメン・・・牛すじは少しでいい・・・!>
そう考えたら・・・!
もうこの局面の答えはひとつしか無かった・・・!
牛すじ丼の小・・・!
コイツで・・・!
この未曾有の攻め手で・・・!
どばのキングを・・・!
チェックメイトっ・・・!
注文し終わって、ふと壁に目をやると、
『店主が一人でていねいに作っていますので、
少し時間がかかる時があるかもしれません・・・ご了承ください』
と記載した紙が張られていた。
混んでいる店の空席を待つのは苦手だが、
料理が出来上がるのを待つのは、まったく平気。
初めて味わう『どば』の雰囲気を堪能しながら、気長に待った。
穏やかにまったりと流れる空気。
前は喫茶店だったと聞くだけあって、
一般的なラーメン屋さんよりも、遥かに狭く見える厨房。
その厨房とホールを仕切る壁の狭間から、
忙しく振るわれる中華鍋と、店主の手元が見える。
一緒に注文したチャーハンを拵えているようだ。
「サッサッサッ!」と、飯や具材が宙を舞い、
「トントントントン!」と、お玉が中華鍋を叩く音が聞こえる。
<あっ・・・なんか液体入れた・・・!
あれなんだろ・・・!>
などと、気付かれない程度に見やりながら、
期待で胸が「ドクンドクン」と高鳴る。
止まらねぇ・・・!
ムラムラが止まらねぇっ・・・!
湧き上がる興奮。
出来上がったものから順次運ばれて来る。
『肉ギョウザ』
若干、羽根が付いてパリパリ系に見える見た目とは裏腹に、
食べてみると、皮がモチモチモチモチ。
モチモチ系。
『みそラーメン』
卵の固まり具合、ドストライク。
<全盛期の岩瀬の高速スライダーみたいに・・・!
絶対に打てねぇ軌道から・・・!
俺にストライクゾーンに投げ込んできやがった・・・!>
特徴的な食感をした麺。
固めで「ブリッ」とした独特の歯応えがある。
この歯応えが好みを分けそうだけれど、
『好きな人には堪らない一杯』といった風に、
好みが合致しさえすれば、特大のホームランを生み出す可能性を秘めている気がする。
比較的濃厚な味噌スープ。
ラーメンと一緒に運ばれてきた『おろしニンニク』
好みで入れると良いと言う。
半分ほど食べて入れようと思った気持ちに反して、
ちょっと食べ過ぎて、7割ほどを食べた頃に入れた。
すると、ドンブリ内、豹変。
ぬおぉぉぉおおん・・・!
オカぁーン・・・!
これ入れるんと入れんのとでは・・・!
全然違う・・・!
<はっ・・・!おい・・・ちょっと待て・・・!
これって・・・考えてみれば・・・最初は味噌ラーメン・・・!
途中からはニンニクラーメンにする・・・!なんてことも・・・!>
当然・・・可能・・・!
「うおおぉぉぉおお・・・!!」
農民・・・!
歓喜っ・・・!
圧倒的!興奮っ・・・!
『どば』は・・・!
一杯で二度楽しめるっ・・・!
そして来たる・・・!
『牛すじ丼(小)』・・・!
コイツが俺の℃本命っ!
丁寧に煮込まれたトロトロの牛すじ。
様々な素材の味が幾重にも折り重なるように、
複雑に絡み合って味覚を刺激して来る。
獰猛なる攻撃力・・・!
ご飯と一緒に食べてもかなり濃く、
その濃さが、麺と同様、やはり好みを分けるかもしれないけれど、
味の個性、主張の強さが光る。
『塩ラーメンセット』
塩ラーメンに、プラス200円でチャーハンが付くセット。
白いスープは透き通って、透明感を帯びている。
飲むとジワッと口内に優しい味わいが広がって、思わず笑みがこぼれる。
極端に攻めた流行りの味では無いけれど、
何処か懐かしく感じる、深みのあるスープである。
食べ終えた頃には、どっぷりと日が暮れていた。
正面のガラス張りの向こう側の道路を行き交う車の光が、
右から左、左から右へと忙しく走る。
そんな喧騒に相対して、
ゆっくりと穏やかに流れる『どば』の時間。
市街地のオアシスみたいな店である。
どばの記事一覧
ラーメン・牛すじ処 どばの店舗情報
所在地 | 高知県高知市知寄町2-2-3(地図) |
営業時間 | 11:00~21:00(LO.20:30) |
定休日 | 月、火 |
駐車場 | 有 |
店内 | ■カウンター席/有 ■テーブル席/有 ■座敷/無 |