前回来た際にメニューが書かれた紙をもらっていたから、
注文する品は「雅」に来る前からあらかじめ決めていたけれど、その紙は8ヶ月前のものだ。
席に座った直後に玄人ぶってムニャムニャと注文したはいいが、
「あぁ、すいません、それもうやってないんですよぉ」
なんておじさんに言わさせてしまったら、お互い気まずくなってしまうではないか。
そういう展開だけは避けたいので、
店の隅の席に座った私は、一応メニューを確認した。
<メニューに変更は無い・・・!>
流れは来ている。
相手チームの先発野手は、全員が予想通りのメンバーだし、
しかも、完全に想定通りの打順である。
<狙い通り・・・!
これなら前回苦しんだ"雅"の大盛を圧倒できる・・・!
今日の俺は、ハナからたったひとつのうどんしか狙っちゃいない・・・!>
8ヶ月前に「雅」を出たあとから・・・!
すべての調整をその一点に合わせて来たんだ・・・!
達成してやる・・・!
完全試合っ・・・!
俺はダルビッシュより、喰うっっっ・・!!
などと目を血走らせながらメニューを真剣に見やっていると、
おじさんがニコニコと笑いながら温かいお茶を持ってきてくれる。
「あぁ・・・どもども・・・!」
なんて、可愛らしい照れ笑いを浮かべて言いながら、
好きな飲み物が、「お茶」と「コカ・コーラ」と「山の湧き水」である私は、
ありがたくお茶をいただいた。
すると更に「冷水」が入った
「ウォーターピッチャー」も登場。
とどのつまり、お茶も冷水も
"飲み放題"と相成った!
"水だけ"ならよくあるけれど、"お茶も"、だ。
それも、"温かいお茶"である。
"冷たいお茶"ならまだしも、"温かいお茶"での攻めが意味するところは、
「オマエの心を温めてやる・・・!」ということである、確実に。
<あぁっ・・・たまんねぇっ・・・!>
私は悶絶した。
お茶にだ、お茶に悶絶したのだ。
よくよく考えてみれば、
うどんも食べられて、お茶も水も飲み放題だなんて、
通常では考えられない次元の幸せではないか!
私はうどんも好きだけれど、お茶も好きなのだ。
だから最高に嬉しかったし、噛み締めた。
幸せを、スルメを噛むように「ギシギシ」と。
しかし、そのとき、私はハッとした。
<いけない・・・ガブガブ飲んでちゃいけない・・・!
水分補給なんかしてたら喰えなくなるぞ・・・!
抑えろ・・・抑えるんだ・・・愛しのお茶への欲求を・・・!>
わかってんのか・・・!
このあと、あの"白い怪物"が来るんだぞっ・・・!
私の葛藤をよそに、ラジオから流れる「NHK第一放送」と共に、
穏やかな時が、ゆったりと流れる店内は、
壁に貼られた木の板の綺麗な肌色が印象的で、落ち着いた雰囲気。
そんな「雅」は、「太麺」にするか「細麺」にするかを選べるのだけれど、
待ち時間が短いと言う「細麺」を選択せずに、またしても「太麺」を選択したから、
おじさんは、しきりに私を待たせる時間の長さを気にしていたようだった。
けれど、うどんを注文したあとも、
おじさんが頻繁に話しかけてくれて、待ち時間はまったく長く感じない。
やはり前回同様、
「息子は麺の茹で置きを絶対にしないんだ!」
とかそういう話を聞かせてくれる、おじさん。
"息子"とは、店の奥でうどんを拵えている男性のことである。
とにかく自慢の息子さんなのだろう。
「ウチの息子は"コレ"一筋なんですわぁー」
なんて言いながら、「コネコネ」と
うどんの生地を麺棒で伸ばす仕草をして見せるおじさんの声は、
相変わらず弾んでいた。
まったく・・・!
ウチのオビ=ワンも、
これぐらい私を褒めるべきである。