おじさんと和やかにドモリながら会話しながらも、私は内心震えていた。
<そろそろだ・・・そろそろ・・・!
腹を括れ・・・今回は前回の"釜たま"よりもたくさんの具を乗せた・・・!
つまりこれは挑戦・・・今回は俺のうどん人生を賭けた大勝負になる・・・!>
時間の経過と共に高まる緊張感。
話を中断して、厨房と飲食スペースを仕切る窓へと歩んでゆくおじさん。
<来るっ・・・8ヶ月前に俺を苦しめた"アイツ"が、来るっ・・・!>
瞳孔が凄まじい勢いで開いていくのが自分でもわかった。
おじさんがコチラを振り向いた。
振り向いたおじさんの両手には、黒い盆がシッカリと握られていた。
そして、その盆の上に乗せられたものは、私の心を「キュンキュン」と締め付けた。
白い怪物、現る。
『旬の野菜天ぶっかけ(大盛)』
実際に「雅」に出向いたのは、4月中旬。
前回が釜揚げ麺だったから、今回は締めた麺での勝負。
<春だから・・・春だから・・・!
春だからナニカ気の利いた旬の味覚があるんじゃないか・・・!>
数あるぶっかけ系メニューの中から、
「旬の野菜天ぶっかけ」を選出した理由は、そんなところである。
<やはりコイツも俵むすび付き仕様・・・!
そして相変わらずの、きっと深海をイメージしたに違いない、青い器・・・!>
見た目は、それほどの凶悪さに見えないけれど、
私は知っている。
この「雅」の「大盛」の恐ろしさを。
とにかく麺が只者ではない。
公称は「大盛」であり、私が大好きな「特」の字は何処にも使われていないが、
そんじゅそこらの「大盛」とは次元が違い、百戦錬磨の"特盛ハンター"であるリューイチ先生をもってしても、
「雅の大盛は、逝けるっ・・・!」と言わしめたほどであり、「お腹に溜まる系」だ。
かけ出汁版では若干に柔らかくなってそれほど溜まらないけれど、
釜揚げ系やぶっかけ系、要するに、汁なし系は、
溜まりまくって"もれなく死線を彷徨う特典付き"となっている、それを・・・。
苦しむと、わかっているのに、頼む阿呆。
<苦しみの中に幸せがあるのだよ。
覆っていた雲が退き、青空に満たされるように、
苦しみは、やがて幸せに変わる・・・!>
重なり合う野菜天たち。
麺の上に野菜天が乗り、野菜天の上に野菜天が乗る。
その野菜天の上には野菜天が乗り、さらにまた野菜天が乗っているのだ。
天は人の上に人を造らず、とかなんとかいう言葉があるが、
「雅」は野菜天の上に野菜天をお造りになられたのである。
闘いのゴングは「ジャバジャバ」と打ち鳴らされた。
あとはただ本能に身を委ねて喰いおおすのみ。
麺を箸先で「ワシッ」と摑み上げて、暫しの感激タイム。
<うやぁぁっ・・・相変わらず太い!太いっ!麺が太いっ・・・!
縦方向にも横方向にも太い!エッジは90度にズン!ズン!と切り立っていて、
表面には雅独特の凹凸まで見られるではないかっ・・・!>
絶景っ・・・!
絶景である・・・!
ありがたいなぁっ・・・!
これはありがたいっ・・・!
釜揚げ麺ではないから、
前回の「釜たま」ほどでは無いにせよ、
相変わらず強烈なモチモチ感。
水で締めている分、「釜たま」よりも表面に張りがあって、
一旦、表面で軽く跳ね返してからモチモチゾーンへ行く流れ。
モッチリ!モッチリ!モッチリ!
噛み込んでゆくあいだに、何度も何度も獰猛に反発して跳ね返してくる!
<ぐぉぉぉ・・・大人しくせい・・・!大人しくせい・・・!>
お口の中で、
暴れまくるアルデンテ。
うどんに暴れられる幸せを、アゴで体感しながら食べ進める。
当然、苦しむ覚悟をしていたが、釜揚げ麺ほどのモチモチでは無いことと、
天ぷらが上手い具合に食感のアクセントになってくれることが幸いして、
苦しむことは苦しんでいたが、全体的には順調そのもの。
結局、そのまま完食の瞬間を向かえて、最後に、
「とっても楽しい42.195玉でした☆」との名言を残して箸を置いた。
『かしわ天(中盛)』
食べ終えた頃には、他にお客さんが居なくなっていたこともあり、
しばらくおじさんと話した。
「今年でようやく4年目を迎えました。
最初はお客さんが全然来なくて、一人も来ない、ゼロの日もありました。
それでね、"お前これはもう2年はお客さんが来んものと思えよ、その覚悟でやれよ"
と息子にも言ったんですよ」
オープン当初の頃を懐かしみながら語るおじさんの口から出た、"覚悟"いう言葉。
これはどんな仕事をするにしても、なにをするにしても重要なことだろうな、と思った。
他にも、座敷で営業していたのを土間でやるようにした経緯なども教えてくれて、
自分の中にあった「雅」の謎がいろいろと解けた。
最も驚いたのは、土間でやるにあたって、内装は全部自分たちで20日かけてやったという話で、
つまり「雅」の壁に貼られている板などは、全部おじさんや息子さんが一枚一枚貼ったということだ。
大工も出来るうどん屋さん・・・!
どこから来たのか、と聞かれたから答えると、
そんな遠い場所からわざわざ来てくれたのかと、おじさんはとても喜んでくれた。
「ここへ来るまでの道沿いに、
他のうどん屋さんもいろいろとあったでしょうに・・・。
安いセルフうどんもいっぱい出来ましたからねぇ・・・!」
申し訳無さそうに微笑みながらそう言うおじさんを、さらに喜ばせようと、
私は一寸の間を置いて、カッコ良すぎるセリフを吐いた。
「ここのうどんは、ここでしか食えんき・・・!」
誰が聞いても大変に感動的なセリフである。
私がうどん屋だったら確実に惚れている。
しかし、おじさん、「あっはっは」と笑ってくれたものの、意外と反応が薄い。
ちょっとスベってしまったかのような、重苦しい空気が漂ったけれど、
私がスベったりするわけもなく、おそらく気のせいだ。
そのあとも、おじさんの語りをシッカリと聞いて、
さて帰ろうと、店を出ると、出入り口近くの窓から息子さんが顔を出して、
「ありがとぉ!」と大きな声で送り出してくれる。
強烈な個性を持った"あの"麺を打っている人とは思えないぐらい、優しい笑顔をした人だった。
(右の画像はメニューです。クリックすると拡大して表示されます。
電話で注文してから行くと、待ち時間が短縮出来て良いそうです。)
◆ めん處 雅
(高知県高知市瀬戸東町3丁目465)
営業時間/11時~15時
定休日/水曜日
営業形態/一般店
駐車場/有(場合によっては、おじさんの誘導サービスも有り)
『めん處雅』の場所はココっ・・・!