カツサンドになんて、ちっとも興味なかった。
けれども、カツサンドの呪縛は日増しに私を支配していった。
<カツサンド・・・カツサンド・・・!
カツサンド・・・!カツサンド・・・!>
寝ても覚めても、頭の中からカツサンドのことが離れない。
自分の体が、徐々に足元からカツサンドになりつつある気さえしてくる。
<俺はカツサンド・・・!
パンとパンで挟まれたカツサンド・・・!>
どうしてこんなことになってしまったのか。
おそらく、きっとネットサーフィンをしているときに、
「ファウストのカツサンドが美味しい」という話を、
偶然、誰かのブログで読んだからだ。それ以来ナニカが狂っている。
<カツサンド・・・カツサンド・・・!
ファウストのカツサンド・・・>
脳内に心地よい香りが漂う。
こんがりキツネ色に揚がったカツを、白い服着た誰かが包丁で切っている。
切られたカツサンドの断面からは、肉汁がドバドバと大量に滴っている。
<俺はカツサンド・・・!
パンとパンで挟まれたカツサンド・・・!>
『喫茶 ファウスト』
高知市中心部の繁華街にある「ファウスト」には駐車場がない。
だから私はいつも帯屋町界隈にきたときに利用する「60分100円」という、
とても安いコインパーキングに車を停めて、石畳の"おびさんロード"をテクテク歩いた。
雲は多いが晴れていて、ほんのり暖かい過ごしやすい日だった。
「ファウスト」の入口の戸は開け放たれていて、
私はそこを何食わぬ顔してズカズカと潜り抜けた。
足首ぐらいまであるロング丈の可愛らしい花柄のワンピースを着たウェイトレスさんが、
私の気配に気付いて声をかけてくれる。
入ってスグ右斜め前方に2階へ上がる階段があった。
しかし2階は喫煙席だと言う。
私はタバコを吸わないので、1階の禁煙席に座ることにした。
<うどんが食べれる喫茶店なら行ったが・・・!
完全な喫茶店は数年ぶりだな・・・!>
週末土曜日の15時過ぎ。
ゆっくりと穏やかに流れるファウストの時の中で、
お茶しながら談笑する"女子"がたくさん・・・。
カツサンドを喰らいにきた農民を襲う、場違い臭。
<女子トークのお邪魔にならないように・・・!
静かに大人しくモソモソと食べなければ・・・!>
店員さんを呼ぶときも、野太い声をあげないように注意して、
か細い声で、某・吉兆のささやき女将ばりにヒソヒソとウェイトレスさんを呼んだ。
「す・・・すいませぇーん・・・!」
聞きようによっては、
なにかすごく謝っている感じに聞こえたかもしれない。
しかも通路を歩いて通り過ぎるウェイトレスさんの背中に向かってのヒソヒソだったので、
ウェイトレスさんの耳に届いたかどうか、不安に思ったけれど、
幸いにも耳が良い方だったようで、コンマ2秒という早い反応で振り向いてくれた。
<キミの耳はすごく高性能だね・・・!>
ファウストのカツサンドは、正式名称を「チキンカツサンド」というのだが、
まさか一発で聞こえて振り向いてくれるとは思ってもみなかったので、
動揺して勢いよくドモってしまった。
「ち・・・チキ・・・チキチキ・・・!
チキチキチキンカツサンドセット・・・!」
もはや"チキチキカツサンド猛レース"である。
注文してから待っているあいだ、
近くの席に座っている若い女性二人の女子トークを聞いていた。
別に盗み聞きする気なんてない。
私だって見ず知らずの他人の話に興味などない。
でも聞こえてくるから、どうしようもない。
二人の会話の内容は、主にその場にいない女友達とその彼氏についてだった。
なんだか「女子トーク」に抱いていたイメージよりも、遥かに当たり障りのない会話だった。
もっとドス黒いのを期待していたのに・・・。
そんな中、降臨。
『チキンカツサンドset (紅茶)』
単品は500円。
セットだと720円でドリンクが付くということなのでセットにして、紅茶を選択。
<いやぁ・・・うぇーい・・・!ドーンときた・・・!
お皿・・・可愛い・・・!ネコの絵が入ってる・・・!>
男らしく、野獣・・・あるいはリスのように、チマチマとかぶり付く。
<パン・・・サクサクっ・・・!
お肉・・・!やわらかっ・・・!>
カツと一緒に挟まれたレタスとトマトが、
ドバドバ滴る肉汁と混じりあって絡み合う。
ネットで読んだ話は本当だった。
<なるほど・・・!
これがファウストのチキンカツサンド・・・!>
口に入れた瞬間に飛び立った・・・!
カツがバタバタバタバタ飛び立った・・・!
それは大空を舞って舞って舞いおおし・・・!
羽ばたきながら溶けてゆくっ・・・!
『ミックスジュース』
カツサンドは、私の口の中の水分をドンドン吸収していく。
セットの紅茶だけではまったく足りないので、ミックスジュースも注文した。
<登場する直前にはミキサーが稼動するギュイーンという音が聞こえていた・・・!
ちゃんと自前でミックスしているんだな・・・たしかにすごくミックスされてる気がする・・・!>
カツサンドを食べていると、
どうしても手が汚れたり口元が汚れたりしてしまうが、問題ない。
拭くものだったら・・・!
いくらでもあるんだぜぇっ・・・!
圧倒的・・・!
拭き放題っ・・・!
盆上には、無数に刺さった紙ナプキン。
いまだかつて、これほどまでに紙ナプキンを刺した喫茶店があっただろうか。
「拭いて拭いて拭きまくれぇっ・・・!」そんな気迫、心意気すら感じる。
ムシャムシャムシャ。
女子トークを聞きながら、黙々とカツサンドを食べ進む。
すると、またあの感覚が蘇ってくる。
自分の体が、徐々に足元からカツサンドになりつつあるような、あの感覚が・・・。
<俺はカツサンド・・・!
パンとパンで挟まれたカツサンド・・・!>
◆ 喫茶 ファウスト
(高知県高知市本町1丁目2-22)
営業時間/9時~21時30分
定休日/無
営業形態/喫茶店
駐車場/無
(チキンカツサンドset720円、チキンカツサンド500円、ミックスジュース500円)
「ファウスト」の場所はココっ・・・!