外は肌寒くても、中は熱気に包まれていた。
2014年。年始の『ひろめ市場』
地元民を始め、観光客や帰省客。
座る席がないほど賑わっている。
<前に進むのも大変な状況…>
人々の合間を縫い、歩く。
<なに食べようか…>
探す、昼食。
軒を連ねる各店。
和食や中華、洋食の店など様々あるが、その中でもダントツに多く目にする文字列。
『カツオのタタキ』
<いったい何店ぐらいあるんだろう…ひろめ市場でタタキを提供する店…>
以前食べた『明神丸』の『塩たたき丼』の記憶が蘇る。
<カツオのタタキは食べたことがあっても…"タタキ丼"というのは初めてだった…>
よく見ると、『カツオのタタキ』のほかに『カツオのタタキ丼』も、たくさんある。
南入口近くにある『本池澤』
その前で足を止めた。
店先には、タタキ丼の食品サンプル。
<ここにもあった…タタキ丼…!>
食べてみるか…!?
しかし不安もよぎる。
<この局面でタタキ丼を食べると…>
かつて…うどんの魅力に絡め取られ…
いまでもうどんから逃れられないように…
<なにか後戻りできなくなるような気がする…>
目の前にある『本池澤』のタタキ丼を食べるか食べまいか、人混みの中で迷った。
<考えてもみろ…タタキ丼とうどんは共通項が多い…!うどんと同じで作り方がいたってシンプル…なのに…おそらく各店でアレンジが違ったり…味が違ったりするだろう…もちろんカツオ自体の良し悪しも関係してくる…単純だけど奥深い…まさにうどんと同一の要素…>
うどんで人生、狂った。
今度はカツオに狂わされるかもしれない。
この決断にかかっている…!
未来が……!一生がっ……!!
<食べるか…食べないか…!>
揺れる心。揺れて徐々に傾く。
「食べる」…!!
<やらずに後悔…やって後悔の話じゃないが…人生はある意味その局面ごとのワンチャンス…!>
ダメならダメでいい…!
どうせなら…!
強く張って逝きたいっ…!!
一席だけ空いている席を見つけ、ジャケットを脱いで席を確保。
それから再度向かった、『本池澤』にて注文。
「か…カツオのタタキ丼を…!」
すぐ作るから待っていてくれ、と店のオバチャンが言う。
目の前、オバチャン2人が連携プレー。
素早くタタキ丼を作り、手渡してくれた。
『本池澤・鰹タタキ丼』
(780円)
<明神丸の"塩たたき丼"は味噌汁付きだったけど…本池澤はお吸い物付き…!それに薬味はよくあるニンニクのスライスではなく…おろし生姜…!>
容器に入ったタレをかけ、載せる生姜。
炸裂する迫力、世界遺産級の絶景。
強烈な踏み込み…!出足…!
開始早々…一気に押し込まれた…!!
俺はすでに土俵際…!!
口に含む。
噛むと融けて消え去るカツオ。
涼宮カツオの消失。
<融けた…!カツオは…噛んだ瞬間に…全部融けて流れた…!>
きっと還ったんだ…。
カツオは海に…還ったんだ…。
丼上に載ったカツオは、全部で5切れ。
1切れ食べるごとに、1切れずつ海に還っていく。
ドボーン!
ドボーン!
還っていく…!
海へ…ふるさとへ…!!
立て続けに帰還…!
カツオの里帰り……!!
<どうだいカツオ…キミが育った黒潮の海は…!>
すると聞こえた、カツオの声。
「最高ぜよ!黒潮最高ぜよ…!」
幻聴だと人は言うだろう。
だが実際は違う。
みんなはノイズに惑わされ…
その声がとどかないだけ……
俺には聞こえる……
カツオのタタキの声……!
酢、ほどよく効いた、ご飯。
カツオの自然な甘味が引き立つ。
<甘い…カツオがほんのり甘い…!
カツオよ…キミは本当に甘いんだね…>
「やろっ…!?そうやろっ…!?俺…甘いがぜよっ…!」
上機嫌で答えるカツオ。
ご飯をお吸い物で流し込む。
長い昼が始まろうとしていた。
(EP2へ続く…!)
『EP2を読む』