指定の駐車場に車を停めて、
私は何処か懐かしい穏やかな空気が漂う赤岡の商店街を歩いていた。
ここでなんでも、「あかおか横町ちょこっと市」
という名のイベントが開催されているらしいのだ。
圧倒的に独りだった。
"イベント"と呼ばれるものに独りで行くのは、
友達がいないことがバレるので恥ずかしかったけれど、
気心が知れている・・・はずの幻の麺師・山雀さんが出店されているということで、
とりあえず、行けばなんとかなるだろうと思っていた。
ボク山雀さんと知り合いなんです、
みたいな顔をしておけば、大した違和感はないだろう。
それに、移転された"たいびんびさん"の新しい店にも興味があった。
たいびんびさんの店が、
どういう間取りで、どういう風に椅子やテーブルが配置されていて、
壁の肌触りがどうであるかまで、この機会に観察しておかなければ気がすまない。
関係各位の皆様と、私の日頃の行いのおかげだろうか、
前日の豪雨が嘘みたいに、雨は上がって日が射していた。
駐車場から独りでズンズン歩いて、
茶色い看板に黄色い字で「たいびんび」と書かれた店に入る。
すると、山雀さんがいたから、
早速、作戦通りに「ボク山雀さんと知り合いなんです」風味で話していると、
店主のたいびんびさんもやってきて、「あら!よく来てくれましたね!」なんて、
誰が見ても顔見知りだとわかるような感じで話しかけてくれる。
よしよし!この感じならば独りでも違和感は無いだろう!
と安堵していると、羽織った服が裏表反対だった。
「たも屋Yシャツ裏返し事件」以来、今年二度目の珍プレーである。
通常の人ならば、穴があったら入りたくなる次元の、赤面ものの大失態だろうが、
なにせ私は今年だけでも、すでに二度目だ。
こういう難局への対処は慣れている。
これは一種のジョークですよ。
元からネタのために裏表反対にして着ているんです。
という"余裕の笑み"を作り上げて、何事も無かったかのように服を羽織り直した。
山雀さんのうどんは、「限定100食」とイベントのポスターに記載されていたけれども、
私が出向いたのは、昼時をとっくに過ぎた時間だったので、まだ残りがあるだろうかと心配だったが、
なんとかまだ大丈夫だったようで、「野菜ねり天」を乗せて出してくれた。
「冷やかけ」でいただく、高知で最も有名な裏うどん。
しかもデッカイ昆布付きっ・・・!
<ありがたいっ・・・!>
山雀さんによると、
昆布に空いている穴は、ウニがかじった跡なのだそうだ。
そうやって、ただでさえ賢い脳に、
またひとつ新しい知識を埋め込みながら、幻の麺線を食す。
<ぐぉぉぉぉぉ・・・!
麺が・・・麺が・・・!>
口の中で、のた打ち回る攻撃力っ・・・!
いわゆる"ゴム麺"の感じでムッチムッチしている。
しかし、滑らかで喉に詰まらない。
冷やかけの出汁は難易度が高いのか、「個人的に」との前置きは必要だが、
例えば、"温かい出汁が美味しいうどん屋さん"というと、すぐに何店か浮かんできても、
"冷やかけの出汁が美味しいうどん屋さん"となると、なかなか無く、パッと名を挙げれる店は少ない。
多くは、麺の力に出汁が負けてしまっているというか、
麺と出汁が上手く協奏できていなくて、麺の独奏になってしまっている感じがする。
そんな中で、山雀さん、一体何者なんだと思った。
出汁が深海。
奥行きがあって深い、尚且つ、香りが芳醇。
それが一歩間違えれば出汁の存在感を消し去りそうな、
豪力(ごうりき)の麺と絡み合って、同時に協奏して攻めてくる。
まるで、"うどん"という名の楽器が奏でられているかのように。
出汁と一緒に麺までゴクゴク飲める。
自分は、この出汁の中に何が入っているのか、
それを言い当てられるほどの舌は持ち合わせていないけれど、
"旨い"ということだけは、明確にわかる。
「恐るべきさぬきうどん」ならぬ、「恐るべき山雀うどん」
私は食べながら、そんなフレーズを思いついたりもしていた。
(後編へ続く・・・!)
『後編を読む』