何か一つのものが異常に食べたくなることがある。
<天津飯!天津飯!天津飯…!>
このときは、それが『天津飯』だった。
<天津飯!天津飯!いますぐ食べないと…狂ってしまいそうだ…!>
真昼間の高知市中心部を走る。
高級な軽自動車で。
<でも…いったい何処に行けば天津飯が食べれるんだ…!>
脳内検索。"天津飯が食べれる店"。
たくさん浮かんだ。
<天津飯って…中華料理屋はもちろん…ラーメン屋にもよくあるよな…>
いったい何処の店に入ればいいのだろう。
<わからない…俺にはわからない…!対象となる店があまりにも多い…!>
とにかく……!
<美味しくて…俺に優しくしてくれる店がいいっ…!>
車を停め、取り出すスマホ。
オンラインという名の、裏の力を利用して調べた。
<見つけたぜ…ここ…たぶんかなり有名なお店だ…!>
『新中国料理 彩華』
華やかな彩りと書いて、彩華。
娘の名前にしたいような素敵な店名。
<ここにあったのか…随分探したぜ…>
じつは、かなり道に迷った。
道に迷った、というよりも…。
店の場所はわかるんだが、何処から店に入ればいいのか。入り口がわからない状態だった。
<グーグル社提供の地図で見た雰囲気から…北側から入るものだとばかり思っていた……が…正解は東側…!東側だったんだ…!>
高級な軽自動車で、この界隈を5周ぐらいしてしまったのは内緒にしておこう。
ちなみに高級な軽自動車は、高級なコインパーキングに停めてきた。
<入口に看板があるのに…それに気付かないとは…俺の目…節穴っ……!!>
通路を抜けて、階段に達す。
目指す『彩華』は2階にあるようだ。
オーダーストップは、14時。
現在の時刻。13時40分ぐらい。
<時間がない……!
モタモタしてると20分ぐらい2秒で経つぞっ…!!>
急いで階段を上る。
1段抜かしで、ピョンピョン跳んで駆け上がる。
駆け上がって、店の扉を開けた。
解き放たれる!
品格…!格式…!格調…!
<大丈夫か…!俺みたいな人が入ってよかったのか…!>
感じる、場違い臭。
一気に雰囲気に呑まれた。
<すいません!すいません!こんな俺ですいません!>
心の中で猛然と恐縮した。
まごまごしていると、店のお姉さんが座る席を指定してくれた。
<ありがたいっ…!ありがたいっ…!>
居合わせた他のお客さんたちは、穏やかな笑みを浮かべて談笑しておられる。
そんな中、自分の手が若干震えているのに気が付いた。
<アルチューだから震えてるんじゃない…!いま…俺…完全にビビッてるっ…!>
自分に言い聞かせた。
<落ち着け…落ち着け…俺っ…!喰われるわけじゃない…!むしろ俺が喰うんだ…!自分に自信持てよ俺…!自信持てるような人間じゃないけど…自信持てよ!>
"神様…!ずっとじゃなくていい…!
いまだけでいい……!いまだけ…………!"
ヘタレ休業させてっ…!!
深呼吸したが、それでも震える手で開く、メニュー。
<ヘタレなら…いっそ…ヘタレらしく散ってやるっ…!>
探す、例のもの。
<ててて…天津飯…天津飯…あるかな…>
ランチメニューに目が留まる。
<これかっ…!?これって天津飯みたいなものだろう…!>
『かに玉丼 カキソース味』と記載されていた。
そうしてメニューを閉じようとしていると、目に入る。
『窪川産豚スペアリブのブラックビーンズ煮込み』
<折角だから…>と思った。
注文することにした。
『かに玉丼 カキソース味』
<きたっ…!渇望の天津飯……!!>
スプーンを手に取り一口。
<カキソース味というだけあって…牡蠣の出汁…出てる雰囲気…!よくある天津飯の餡よりも少し甘めかっ…!?>
嬉しいっ…!!
食べたいものが食べられた悦び…!
浸る…至福…愉悦の時…!!
<ありがたいっ…!ありがたいっ…!!>
スープ付き。
帯同していたスープ。
一見、玉子スープに見えた。
飲むと、意外。
<全然よくある玉子スープの味じゃないっ…!
むしろコーンポタージュスープみたいな味だ…!>
実際、底にはコーン。
コーンの粒が沈んでいた。
さらに漬物も付いている。
<街の中心部…!本格的中華…!それでいて…この内容…このセットで780円…!>
圧倒的…!
お得感っ…!!
だが、そのことが私の新たな重圧となる。
周りを見れば……
みんな何やらコース料理を食べている……
<他の人が食べてるの…たぶん…あれだ……!
メニューに載ってた3150円のやつだ……>
ただでさえ場違い臭を感じている中。
気付かないほうが幸せだったことに、気付いてしまった。
<3150円の海の中で…俺はただ一人…780円…!
周りのマダムはみんな3150円なのに…農民…780円…!>
自分一人…場違いな感覚に加えて…。
自分一人…貧乏な感覚…。
押し潰されそうだ………。
だがっ…!
しかーしっ…!!
運命…世の中は…何処でどう転ぶかわからない…!
折角だからと頼んだ一品…それが救う…困窮の農民をっ…!!
俺の見方は……
カニ玉丼だけじゃない……
キミのおかげで…俺はまたもう一度立ち上がれる…
頼んでおいてよかった……!
『窪川産豚スペアリブの
ブラックビーンズ煮込み』
現れたそれは……!
起死回生…豪勢な一品…!
<すごいっ…ゴージャス!美味しそうっ…!
これさえあれば…これさえあれば…俺は引け目を感じる必要は一切ないっ…!!>
逆転だ……!
この土壇場…土俵際で回り込んだ…!!
様々な状況に呑まれすぎて、段々自分が何を考えているのかも、わからなくなりながら食べる。
<なにこれっ…!柔らかいっ…!
箸で摘んだだけで肉がほどける…!!>
上品な味付け。
大皿から小皿へ。
大きなスプーンみたいな道具を使って取る。
まだ緊張しているのか。
左手のスジが、つった。
ダメすぎる私。だが…。
<痛いっ…!でも美味しい…!
美味しければ…痛いのなんてどうでもいいっ…!!>
本来の調子が出てきた。
おかわりだっ…!
『マーボー丼』
使用されている肉は、和牛。
というだけあって、肉が強力。
<粗めに挽かれた肉から…!
肉汁がっ……旨味がっ……出て来るんだよ…!>
本日のデザートは…!
『杏仁豆腐』……!!
『カニ玉丼』あるいは『マーボー丼』のデザートとして付いていた。
<上にかかってるオレンジ色の…なんだろう…!
杏っ!?イチジクっ!?ビワっ!?わからない…わからないがしかし…>
私は食べたのだ。
高知市中心部の名店、『彩華』で…。
本格的中華料理を食べおおしたのだ。
一段上の、大人になれた気がした。
代金を払って店を出る。
階段で、今度は右足をつった。
◆ 新中国料理 彩華
(高知県高知市追手筋1-6-17 寺岡ビル2F)
営業時間/
11:30 ~ 14:30(LO.14:00)
17:30 〜 22:00(LO.21:00)
定休日/月曜日
駐車場/契約駐車場有り
彩華近くの中華料理屋さん