<牛が食べたい!焼肉に行こう!>
国道五十五号線、漠然と車を走らせていた。
<んー、でも三十過ぎたら肉の脂で胃がもたれるんだよなぁ。焼肉食べて太田胃酸を飲んでいたら、いったい肉が食べたかったんだか、胃薬を飲みたかったんだか、よくわからなくなっちゃうし…>
けど牛じゃなくてもいいから、肉が食べたいんだよなぁ……!
そのとき意表を突かれる。
<おいっ!大きな麻雀牌みたいな看板に、『肉そば』って書いてあるぞ!!>
肉そばですって???
肉が食べられるのかしら…!
早速、その店に昼下がりの主婦みたいな足取りで、そそくさと入る。入りながら余裕のない口調で言う。
<肉そばだってよ…!これなら焼肉よりも胃がもたれなくて済むんじゃねぇか…?ククク…きっと"そば"が中和してくれるはず…!近所の癒し系のおじさんみたいによぉ……!!>
『丸源ラーメン 南国バイパス店』という店だった。雨上がりのため、辺りには水蒸気が立ち込めている。
<三十過ぎてから…俺は胃もたれするだけじゃなく…肌も乾燥してんだ……!乾燥肌にこの水蒸気……!効かぬわけがなかろう……!!>
ありがたい……!
以前行った別の店舗の印象で、当たりの強い接客、という先入観があったのだけれど、そんなことはない。熟女が丁寧に対応してくれた。お姉様好きの私、このときすでに二億点を加算。
たくさんあるメニュー(公式HP参照)。
<当然、ここは肉そばだ…!肉そばで上がりたくて肉そばをテンパイしに来たんだ…!他に何が切れる……!肉そばでのアガリを目指してこそ初志貫徹というもの……!!>
<しかしこの手…!考えようによっちゃ、いかようにでも曲げられる……!肉そばでアガるのが本当に最善だろうか……!いや…違う……。ここはあえて野菜ラーメン……そういう手もある……>
だがっ………!
<ラーメンにヘルシーさ。そんなものが必要なのか!?ラーメンとは本来、不健康なもの。健康に気を使う人が食べるものではない。健康に気を使うなら、ラーメンスープよりも青汁、あるいは生姜汁だろう…。ならば野菜ラーメンは消える…>
とすれば、なにか!?塩ラーメンか……!?
<いや…ダメだ……。塩だと肉感が薄い……。そもそも俺は肉を食べたいんだ……>
じゃあ、なにか!?豚骨ラーメンか………!?
<それだっ!豚骨ラーメンにしよう!それだと豚が適度に補える……!!>
牛、それだけじゃない!牛丼県!
豚だって肉だよ!トントロだってさあ!いまや焼肉の定番なんだから……!!!
狂気の表情を浮かべて、卓上の呼び出しボタンを押す。
すると来た来た店員さん。
<あれ?さっきの熟女じゃない……!>
結構残念。若いお姉さんだ。意気消沈して、お姉さんに言う。
「すすす…すいません……。醤油豚骨ラーメン…」
「ご注文は以上でよろしいでしょうかー?」
「えっ……ええと……担々麺をチャーハンランチにすることってできます?」
「はい、できますよー」
「じゃじゃじゃ…じゃあそれで……!」
「ご注文繰り返します。醤油とんこつラーメンと、担々麺のチャーハンランチ!以上でよろしいですか?」
「ははははは……はい………」
恐縮しながら、やりおおした注文。しかしこのとき竜一、意外に冷静。
<もう肩の荷は下りた……!あとはただ……黙って無言で待てばいいっっっ…!!!>
喋らなくてもいい……!
それは私をとても愉快にさせる……!!
<待っているだけでラーメンが現れる。そんな狂った状況が他にあるかね…。とどのつまり、黙っていても幸せが転がり込むのだよ>
数分後―――。
来た、『醤油豚骨ラーメン』……!!
<おい……見た目…普通のラーメンっぽいじゃないか。チェーン店でありがちなビジュアルというか……。大体このパティーンで旨いのって、万に一つもないぜ……>
期待などしない。そんなもの、クソみたいな配牌から国士無双を狙いに行くようなもの。あるいは、たった一通だけ来た年賀はがきから、お年玉の一等に本気で挑戦するようなものだ。
がっ!しかし…!
食べたそれは衝撃!
<随分前に潮江店で食べたのとは…だいぶ印象が違う……!どうってことなかった子が、いっとき見ないあいだに美人になっちゃった!そんな雰囲気!>
牛が進撃して来る。
「最初は牛が食べたいと言っていただろうモウー!豚骨って、豚じゃないかモウー!オイラの永遠のライバル、豚に行きやがってモウー!」
牛はそんなことをモウすが、黙って牛の言いなりになるわけにはいかない。
「うっせー!肉ならなんでも良かったんだよ…!そんなことを言っていたら、なんとなく牛丼にされるぞっ!」
「牛丼!?牛丼なんかイヤだ、モウー!」
悲しげな表情を浮かべる牛。私は言った。
だったら………。
「俺と一緒に暮らそう」
「竜ちゃん!」
「牛っ………!」
このとき私は、この牛めらを大きく育てて焼肉にしてやろうと思っていた…。
卓上の『どろだれラー油』に気が付いたのは、『醤油豚骨ラーメン』を、あらかた食べ終えてからだった。
<こんなものがあったとは…!気が付かなかったな………>
『どろだれラー油』は持ち帰りの販売もされているようで、他に並べられた数種の調味料とは一際違う異彩を放っていた。なのに気が付かなかっただなんて。
「申し訳ありません」ラー油に謝った。
<ていうか、せっかく来たんだ!これを載せたパティーンのラーメンを食べて帰りたいな…>
相まみえる以上、ただでは済ましたくないし、未練を残してこの対局を終えたくはない。丼の中にはまだスープがある。
再び、卓上の呼び出しボタンを押した。
<替玉……倍プッシュだ………!!!>
しかしそのとき実際には、こう。
「す……すすす…すんません!すんません!替玉お願いします…!」
子供の頃、いまはなき回転寿司屋にて、オカンに言われた。
「すんませんって……、なんかあんた謝りゆう人みたいやね」
てっきり替玉は店員さんが入れてくれるシステムかと思い、スープだけが残った器をテーブルの縁に寄せて待っていた。すると歩み寄ってきた店員さん。麺が入った器を置き、去って行く。
<あら恥ずかしい!セルフ替玉システムだったか!>
店員さんの背中から、「甘えんじゃないわよ」というオーラを感じた。
麺をスープにポチャンと投入してモグモグ食べる。
<替玉すると、どこの店も最初のより麺が硬めで美味しいな。そもそも最初から替玉みたいなクオリティの麺が食べたいな…>
そしてラー油を入れるのをまた忘れた。結局、ラー油、喰わず仕舞い。
セットで頼んだ『鉄板玉子チャーハン』に手を伸ばしたとき、腹の中から何かがこみ上げてきた。
豚だ。今度は豚だ。きっと豚骨ラーメンを馬鹿みたいにたくさん食べたからだ。
「ラーメンだけでやめておけばいいものを、チャーハンまで食べるから貴様は豚になるんだブー」
「うるせえ!」
豚に指摘されて頭に来たので、『担々麺』も食べる。やけ食いってやつだ。
<おお!これ結構バランスがいいぞ!適度なゴマ感でなかなかだブー!辛さもほどよい辛さだブー>
そのとき飛行機に乗った豚がやってきた。豚はサングラスをかけている。
「紅の豚か!?」豚に訊くと、豚は怪訝な表情を浮かべた。
「残念ながら、ただの豚さ」
「ええっ……普通の豚かよ」
「いいから乗れ」
豚に言われるがまま後部座席に座ると、飛行機は飛び立った。飛行機は風をバシバシ切って飛んでゆく。
「これからどこへ?」
「アテはない。飛んでブーリンさ。…ってことで、ブーリン共和国へでも行くか?」
「ブーリン共和国って?」
「豚による、豚のための豚だけの国さ」
「ほうほう」
「ブーリン共和国は楽しいぞ!」
「わー。楽しみーー!!」
このとき私は心の中で、ブーリン共和国の豚で作った豚骨ラーメンが食べたいと思っていた。
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