夕暮れどき、『スシロー』の駐車場から車を出そうとしていると、制服姿の女子高生たちが店内へ消えて行った。
<百円寿司が出来てから、寿司も変わっちまったなあ。女子高生が学校帰りにチラッと寄って食べて帰られる時代になったんだ。俺が子供の頃、小遣いで寿司屋なんてあり得なかったからな…>
家に帰ると、持ち帰りにしてきた握り寿司のパックを開けた。そして……。
<今日のメインは握りよりもコッチなんだよな>サバ寿司のパックを開ける。パックは紙で包装されている。『とろ鯖押し寿司』と書かれている。鯖の字の魚へんは魚のイラストになっている。
<おおっ!イメージとちょっとだけ違う!>
高知によくあるサバ寿司と違い、全体を覆うように緑の変な葉っぱが巻かれている。
<スシローが売り出しているということは、サバ寿司ってわりと全国的にあるのかね…?………あぶない、あぶない。高知にしかないと思っていたら「え?鳥取にも普通にありますよ。鳥取の底力を舐めないでくださいよ。えっへっへ」なんて笑われてしまうパティーンだった…!>
サバ寿司愛好家として、断面なども眺めてみる。
<おおおっ!結構…肉厚っ…!!これだけ分厚いとありがたい。さすがは全国チェーンの貫録。案外やるな!スシロー!!>
焼酎を口に含む前に最初の一口、食べてみる。
<うーん。酢があまり効いてないね。でもだからこそ食べやすい>モグモグ食べる。<大体何でも大手が出すものって、よく研究されていて味が安定してるんだよな>
そのとき玄関のチャイムが鳴った。
「ピンポーン!」
「はい」
戸を開けると、大きなサバが立っていた。全長は人間くらいで足は生えていない。サバが立ち泳ぎの状態でプカプカと浮遊しているのだ。
「アナタはこの一年でサバをたくさん食べた。そこでサバからのご褒美と、サバの恨みを兼ねて、小旅行にお連れします」とサバは言った。「さあワタシにつかまって」
よくわからないが言われるがまま、私はサバの身体にしがみ付いた。
「発射っ!」サバの掛け声と共に、サバの下腹部から炎が上がった。そのまま垂直に天空へと飛び立つサバ。
「サバロケットだ……!!」私は歓喜した。
「いまから大気圏突入するから、ちょっと熱いよ」
「あらら。本当だ!服が燃えている…!!」
「着替えはあるから大丈夫!ワタシも若干焼サバになっちゃうけど、大丈夫。世の中は死ぬこと以外、かすり傷!」
「あっはっはっ!」
「いっひっひっ!」
私とサバは笑い合いながら大気圏を通過した。
気が付くと、そこは宇宙だった。
「ご覧、丸いマンジュウみたいな星がたくさん浮かんでいるよ」とサバは言う。
「本当だ。マンジュウみたいだけど、あれって食べられないんだよね」私はヨダレを垂らした。
「所詮は星だからね。マンジュウには勝てないよ」
マンジュウの話をしていると、お腹がグウと鳴った。
「なんだかお腹が空いたな…。大気圏突入で体力を消耗したからだろうか」
「そうかもしれないね。でもここは宇宙だから食べるものは何もないよ」
「そうか。残念だな。だが俺はお腹が空き過ぎて、脂汗が出て来たよ」
サバから香ばしい匂いが漂ってくる。
<おそらく先程の大気圏突入で、コイツの皮面が良い感じに焼けたのだろう>と心の中で思った。<ここでコイツを食べてしまうのは得策ではないかもしれない。地球に帰れなくなってしまう可能性もある。しかし背に腹はかえられない>
サバは呑気な顔して宇宙空間で浮遊している。
<背中の頭寄りが美味しそうだな…>狙いを定めて、かじり付く。
「な……何をするんだ!貴様!ワタシはお前を宇宙まで連れて来てやったんだぞ!」
構わず食べる。ガブガブガブ。
「ああ、美味しかった!」サバは頭と骨だけになってしまった。「この頭は、まだ料理の飾りに使えるな」宇宙空間を漂ってきたビニール袋に頭を入れる。
「あっ!でもやっぱり帰れねぇや」
サバロケットがないと帰れない…!!!
「おいサバ!おいっ!」私はビニール袋の口を開け、サバに呼びかけた。しかし頭だけになったサバは動かない。
「サバ食べるんじゃなかったぁぁぁ…!」後悔した。
だがここは宇宙。サバの頭と男と宇宙。